Mar 05, 2026 column

『ウィキッド 永遠の約束』 ザ・ガール・イン・ザ・バブル、鏡の中で生き続ける少女時代

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数々のファンアートを生んだ『ウィキッド ふたりの魔女』(2024) の後編である。『ウィキッド 永遠の約束』(2025) は、前編と同時進行で撮影された。前編は、『オズの魔法使』(1939) だけでなく、アメリカ学園コメディのテイストからジョルジュ・メリエスのような映画創成期の奇術的世界、フレッド・アステア主演のミュージカル映画『恋愛準決勝戦』(1951) からマイケル・ジャクソン「スムース・クリミナル」のPV (どちらのダンスも重力に逆らっている!) 、そしてダーク・ファンタジーに至るまで、様々なジャンルからのインスピレーションを見事にミックスさせた快作だった。

前編のキャンディポップ的な楽しさは、後編では取り返しのつかない痛みのドラマへと受け継がれていく。学生時代は終わり、エルファバとグリンダは大人として歩み始めている。2人の魔女は、オズの世界で政治的なプロパガンダとして利用される。かつて姉妹のようだった2人の悲しみがドラマの強烈な推進力となっている。しかしだからこそ、前編の学園時代で描かれた無邪気さが、後編の至るところに反響している。エルファバとグリンダが合わせ鏡のようにお互いを照らしていたように、『ウィキッド』の前編と後編も強い引力で結びついている。

少女時代の影と共に歩く

橋を渡っていたことに気づけない。「I Couldn’t Be Happier」で歌われる歌詞は、まさしくエルファバとグリンダの歩みそのものといえる。魔法学校を舞台に、『ミーン・ガールズ』(2004) のようなアメリカ学園コメディ映画の伝統、エッセンスが巧みにまぶされた前作『ウィキッド ふたりの魔女』が、無邪気な少女時代を描いていたとするならば、『ウィキッド 永遠の約束』には大人として歩む (歩まざるをえなくなった) 2人の分かれ道が描かれているといえる。緑色の肌をした異端の戦士エルファバと、ピンクのドレスを纏った皆の人気者グリンダ。アリアナ・グランデが完璧なタイミングと身体能力で、コメディエンヌとしての才能を魔法のように発揮していた前作のキャッチーさを外向的でキャッチーな“パーティー”とするならば、『ウィキッド 永遠の約束』は、より内省的で深遠な“室内楽”を響かせているといえる。後編におけるグリンダのファーストシーンは前作の、あの楽しさを踏襲している (背を反らす身振り! ) 。しかし物語が進むにつれ、後戻りできない人生の悲喜を帯びた響きへと変わっていく。

ある意味、エルファバは最初から大人だった。恵まれているグリンダとは違い、エルファバは他の子供たちより急いで大人になる必要があった。魔法が使えるエルファバと、魔法が使えないグリンダ。ライバルであり、姉妹のような2人。エルファバはグリンダが転ばないように面倒を見る姉のようでもあった。『ウィキッド 永遠の約束』は、エメラルドシティにつながる黄色いレンガの道の建設シーンから始まる。奴隷として働かされている動物たちを、魔法のほうきに乗ったエルファバが救いにやってくる。エルファバはこの世界の邪悪=ウィキッドの象徴とされている。前・後編それぞれのよさがあるが、悲しみのドラマとしての推進力は後編の方が高いといえる。だからこそ1作目に描かれていた無邪気さが、至るところに効いている。前作からの直接的な引用は最小限に控えられているが、エルファバとグリンダの少女時代は、2人の歩みと共にあり続けている。人間はあらゆる年代の自分の影と共に歩み続けるというが、本作のエルファバとグリンダの歩みは、まさにそれぞれが少女時代の影と共に歩いている。

橋を渡っていたことに気づけない。橋を渡ったあとに気づく。エルファバとグリンダは利用されている。自分ではコントロールすることのできない大きな時代のうねりの中に巻き込まれている。小さな頃からみんなの人気者になる才能のあったグリンダは、“善の魔女”として民衆の希望を押し付けられている。緑の肌を持つ子として忌み嫌われてきたエルファバは、“邪悪な魔女”として、この世界から葬られることを望まれている。公の顔と私の顔の間で、2人の魂は引き裂かれる。しかし『ウィキッド』前・後編が持つ最大の美徳とは、エルファバとグリンダが常に迷い続けているところだろう。後戻りのできない世界で、2人は迷いながら人生を歩んでいく。魔法の能力がないことを分かっていながら、“善の魔女”としての広告塔の役割、仮面を背負っていくグリンダの、無垢で道化的な悲しみ。そしてエルファバがついに“邪悪な西の魔女”というレッテルを引き受けることを決意する、胸が張り裂けそうになるほど悲痛なシーン。“みんなが素晴らしいと呼ぶから、素晴らしいのだ”。詐欺師というより手品師に近いオズの魔法使い (ジェフ・ゴールドブラム) が歌う「Wonderful」の歌詞は、風船がポンポンと跳ねるような軽やかな曲調の中に、強烈な皮肉が込められている。エルファバとグリンダは、大衆が彼女たちに抱くイメージの囚人となりつつある。緑の木々にカモフラージュされ、隠れながらこの世界をサヴァイヴしてきたエルファバは、権力者の策略に怒り、次第に疲弊していく。そして決意する。みんなが悪と呼ぶなら、私は悪になると。それは自傷行為である。