Aug 17, 2019 regular
#07

『イングロリアス・バスターズ』:タランティーノと歴史を負かす映画愛

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若林 ゆり

映画・演劇ジャーナリスト。90年代に映画雑誌『PREMIERE(プレミア)日本版』の編集部で濃い5年間を過ごした後、フリーランスに。「ブラピ」の愛称を発明した本人であり、クエンティン・タランティーノとは’93年の初来日時に出会って意気投合、25年以上にわたって親交を温めている。『BRUTUS』2003年11月1日号「タランティーノによるタランティーノ特集号」では、音楽以外ほぼすべてのページを取材・執筆。現在は『週刊女性』、『映画.com』などで映画評やコラムを執筆。映画に負けないくらい演劇も愛し、『映画.com』でコラム「若林ゆり 舞台.com」を連載している。

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勝ち札・クリストフ・ヴァルツの発見

ここに多彩な脇キャラが登場し、絡んでくるのだが、タランティーノらしく、敵にも味方にもとにかく映画好きが多いのだ。映画館主であるショシャナはもちろん、その同僚で恋人の黒人青年、マルセル(ジャッキー・イドー)、自分自身を演じて、映画『国民の誇り』に主演したツォラー二等兵、映画史研究家・映画評論家の顔を持つ英国将校のヒコックス(ミヒャエル・ファスベンダー)、ドイツのゴージャスな映画女優、ブリジット・フォン・ハンマーシュマルク(ダイアン・クルーガー)、そしてナチスの宣伝大臣・ゲッベルス(シルヴェスター・グロート)。彼らみんなが、映画を愛するキャラクターだ。その全員がプロパガンダ映画のプレミア会場である映画館へと向かい、度肝を抜くクライマックスへと向かっていく。

しかし、このキャラクターたちが全員でかかっても適わないほど強烈なキャラクターがいる。この映画を特別なものにしている立役者、それがハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)。この映画の第1章は、間違いなく映画史に残るプロローグなのだが、その場面をとてつもなく緊張感に溢れ、ゾクゾクするシーンにしているのがこの男だ。“ユダヤ・ハンター”の異名を持つランダは、自分を優秀な探偵だと思っている。一見、人当たりがよく紳士的で慇懃で、それがたまらなく恐ろしい。けれど、どこか彼を魅力的だと思わずにはいられなくなってしまう。なんというカリスマ性だろう!

「俺のすべての作品の中でも、もしかしたらこれから先を含めて、俺が生みだした最高のキャラクターだ」と、タランティーノは胸を張る。「脚本のページの中で、このキャラクターはすべてにおいて最高に機能していて、完璧な存在なんだ。このシーンを書き終えたときは、俺のキャリアでも最高の瞬間だったよ。それだけに、このキャラクターを完全に活かせる俳優を探すのは難しいだろうなと感じていた。ふさわしい俳優が見つからなきゃ、この映画は撮れない。クリストフは、俺の全然知らない俳優だった。ドイツのテレビ俳優で、映画はあんまりやってなかったんだ。最初に彼が部屋に入ってきて、農家のシーンを半分くらい読んだ時点で、『ああ、これがランダだ!』って実感したよ。そのとき、『これで映画が作れるぞ』と思っただけじゃなくて『大傑作が作れるぞ』と確信したね」

“発見”されたヴァルツは、この演技でアカデミー賞助演男優賞を獲得した。