コラム 佐々木誠の『映画記者は今日も行く。』第18回
『キセキ -あの日のソビト-』の完成披露上映会舞台挨拶が12月6日、丸の内TOEI①で行われた。 舞台挨拶には、兼重淳監督、出演の松坂桃李、菅田将暉、忽那汐里、横浜流星、成田凌、杉野遥亮が登壇した。
「山、川、風、松坂」
これは、松坂桃李を表した菅田将暉の言葉。
本作で松坂は、厳格な父親の反対を押し切り、音楽の世界に足を踏み入れるも、なかなか芽が出ず、今度は弟の才能に目をつけ背中を後押しし、「グリーンボーイズ」の、ゆくゆくは「GReeeeN」を厳しくも温かい目で見守っていく、プロデューサーの【ジン】を好演している。
作品に入る前に松坂は、実際にプロデューサーのJINに会い話をしたそうなのだが、その時のことについて「自然と一体化してるというか、言葉がすごい感覚的でしたね。『風が吹いている気がして良いと思ったんだ』とかおっしゃられていて。何だか説得力があるというか、吸引力があるというか、そんなJINさんを自分が演じるというのは、雲をつかむような感じでした」と、自分とは違った世界観を持つ【ジン】を演じることに戸惑いを隠せない様子だったが、第三者からの見方はどうやら違っていたようだ。
2人と一緒に食事に行ったという、【ジン】の弟【ヒデ】を演じた菅田は、「JINさんと桃李君が何か似てるんですよね。ネイチャー感というか。山、川、風、松坂みたいな。動物的嗅覚が似てるなと思いました」との見解を示していた。
ネイチャー感、つまり自然ということだが、松坂桃李という俳優は、まさに自然と作品に溶け込むのが上手い。それも、前に出過ぎず、出なさ過ぎず、良い塩梅に。
どちらかというと松坂は、主役よりも脇役が似合うタイプだ。
2009年に、スーパー戦隊シリーズの『侍戦隊シンケンジャー』で、主人公の【志葉丈瑠/シンケンレッド】を演じ、小さいお友達から大きなお友達まで幅広く支持を集め、特に女性たちの人気をさらっていった。
その後も、演技のスキルをどんどん磨き、俳優としてのキャリアを着実に積み重ねてきた松坂。ルックスは良いし、演技力も抜群。だが、悪い意味ではなく、どこかスター性に欠けるところがある。 今回の『キセキ』で言うならば、菅田の方が華があって輝きを放っているような気もする。だから、映画の中でプロデューサーとして弟を支える姿を見た時は、何か松坂自身を投影しているようにも感じた。
縁の下の力持ち
松坂桃李という俳優にピッタリの言葉だと思う。
それは決して、二番手とか、主役の器ではない、などと言っているのではなく、刺身という主役を引き立たせるためのツマ的な存在だと言っているのだ。 刺身のツマというのは、ただの飾り付けと思われがちで、残す人も多いかと思われるが、本来は殺菌作用のほかに、(刺身の)見た目を美しく見せる役割も担っている。
その役割を松坂が担うことで、主演俳優の魅力をより際立たせ、作品のクオリティをさらに高めてくれるのだ。
そんな引き立て上手な松坂だが、実は頭を悩ませていることもあるようだ。 それは、相手役を務めた女優がことごとく結婚してしまったということ。 『梅ちゃん先生』で共演した堀北真希しかり、『サイレーン』で共演した木村文乃しかり。 松坂は、「自分には全く良いことがないですね(笑)。向こうがどんどん幸せになっていく・・・」と、一歩引いて相手を引き立たせ過ぎた結果、自分自身が“縁結びの神様”になってしまっていることを吐露していた。
まぁ、そういう控えめなところが、松坂桃李という人間の魅力であり、人気の秘訣なのかもしれない。
また、何でも器用にこなせそうな松坂だが、苦手なものが2つあるという。 それは、歌とホラーだそうだ。 『キセキ』の劇中では、松坂もライヴで歌うシーンがあるのだが、「僕はプロデューサー役なので、最初は歌う予定はなかったんですが、出来上がった台本を見たら、1ページ目から歌ってるんですよね。騙されました。すごく恥ずかしかったです。今回で最後ですね。CDも出しません(笑)。歌とホラー作品はちょっとって言ってたんで」と、今後も歌うことに関しては断固として拒否していたのだった。
しかし、実際にそのライヴシーンの映像を観てみると、苦手などころか素晴らしい歌声を披露していた。いやはや、やはりそれも卓越した演技力のなせる業だったのであろうか。
余談だが、調べたところによると、【桃李】という名前には2つの由来があり、松坂の両親がある想いを持って名付けたとか。
1つは、司馬遷の『史記』に書かれている言葉「桃李不言下自成蹊」(とうりものいわざれども したおのずからこみちをなす)
桃や李(すもも)は何も言わないが、その花や実に惹かれて人が集まり、その下には道ができていくという意味で、[徳のある人は誰からも慕われ人が集まってくる]ということ。
もう1つは、古今著聞集の四字熟語「桜梅桃李」(おうばいとうり)
桜、梅、桃、李は、それぞれ独自の花を咲かせる。だから、それぞれがそれぞれの良さを生かして咲けばいいという意味で、[自分らしさを大切に]ということだ。
とても素敵なご両親です。
名は体を表すというか、松坂の人柄や謙虚さを見ていると、まさしく“桃李の通り”生きている気がする。その姿は格好良くもあり、羨ましくもある。
一度、自分の名前の由来とじっくり向き合ってみるのも面白いかもしれない。
映画『キセキ -あの日のソビト-』(東映配給)
映画『キセキ -あの日のソビト-』(東映配給)は、メンバーが歯科医師で顔出しを一切しない、異色のボーカルグループ「GReeeeN」の代表曲「キセキ」の誕生秘話を描いた青春ドラマ。
監督:兼重淳 脚本:斉藤ひろし 出演:松坂桃李、菅田将暉、忽那汐里、平祐奈、横浜流星、成田凌、杉野遥亮、早織、奥野瑛太、野間口徹、麻生祐未、小林薫 ほか