コラム 佐々木誠の『映画記者は今日も行く。』第13回
『ミュージアム』の初日舞台挨拶が11月12日、新宿ピカデリーで行われた。
舞台挨拶には、大友啓史監督、出演の小栗旬、尾野真千子、野村周平、妻夫木聡が登壇した。
「渾身の一作が出来上がりました」
今や、若手俳優たちのリーダー的な存在となり、ますます演技にも磨きがかかってきた小栗旬。
彼の演技に対する情熱は凄く、飲みの席では、あの山田孝之が輪に入れないほどの演技論を交わしたり、自宅近くには稽古場を建設するほどの熱の入れよう。騒音問題で周りの住民から苦情がきた、なんて報道もあったが、それほどまでに日々、演技というものを深く追求しているのだ。その姿勢だけは見習いたい。
その小栗が主演を務めた、今回の映画『ミュージアム』。今までの中でもチャレンジだったというキャラを演じ、観客の反応が気になっていたようだが、作品の出来には「渾身の一作が出来上がりました」と、胸を張っていた。
彼の演技は、小栗ファンの女性のみならず、男性をも魅了する。
今から16年前の2000年に放送された、TBS系ドラマ『Summer Snow』では、堂本剛演じる【篠田夏生】の弟で、耳の不自由な高校生【純】を熱演した。その上手さに小生も虜になっていたのを覚えている。
それからの活躍ぶりは言わずもがな。 『クローズZERO』では、頂点を狙う血気盛んな不良高校生【滝谷源治】を体当たりで演じたかと思えば、一転、『花より男子』では、クールでマイペースで優しい心を持った、F4のメンバー【花沢類】を好演した。さらに、その低く渋い声を活かして、声優としても多くの作品に参加している。 さらにさらに、“出演者”だけではなく、2010年公開の映画『シュアリー・サムデイ』では、監督デビューも果たすなど、その才能を遺憾なく発揮しているのだ。
また、映像の世界に留まらず、今は亡き演出家の蜷川幸雄さんにも可愛がられ、『ハムレット』や『カリギュラ』、『ムサシ』など、多数のニナガワ作品で舞台を踏み、役者としてのスキルを磨きに磨き上げ、現在に至っている。
小栗旬の凄いところは、それまで積み重ねてきた演技経験の一つ一つを決して無駄にはしないこと。【俳優・小栗旬】というミュージアム(博物館)に、その経験値を次々と仕舞い込み、次にどんな役が来ようとも、いつでもそれに合った“モノ”を引き出し、さらにそれ以上の“モノ”を作り上げようと、常に心と身体の準備をしていることだ。
そんな“役者バカ”の小栗だが、以前某テレビ番組で、「嫉妬する俳優が2人いる」と話していた。
1人は森山未來。もう1人は山田孝之だ。
演技派としてだけではなく、ともに“個性派”としても知られているが、2人に対し小栗は「自分が発想しないことをいつも考えている」と、評していた。
緻密に役を分析し、確実に己に染み込ませる、そんなストイック中のストイック俳優・森山未來。 かたや、赤・緑・青の原色だけでなく、朱色や黄緑、水色など、“間色の演技”をも自在にこなす、カメレオン中のカメレオン俳優・山田孝之。
彼らの役に対するそのエネルギーは、小栗ミュージアムの現在のキャパでは収まり切らず、2人のエネルギーを吸収し超えてゆくには、さらにそのミュージアムを大きなハコへと増築していかなければならない。
だが、小栗旬の演技に対する熱は下がるところをしらない。
今回の『ミュージアム』でも、大友啓史監督に「主演が小栗君だったらということで引き受けました」と言わしめた小栗。さらに、大友監督は「彼は色々な能力が高いんです。クライマックスの限界ギリギリのお芝居は、僕の生涯でもなかなか巡り会えないようなものだったので、僕もハァハァ言いながら撮ってました(笑)」と、小栗の熱量を共有しすぎて、エネルギーを吸い取られていたようだ。
小栗旬の“役者バカ”は伝染する。 今、若手俳優たちの演技に対する熱が上がってきているのは、ひとえにそのせいかもしれない。
映画『ミュージアム』(ワーナー配給)
雨の日だけに起こる猟奇殺人事件を追う刑事と、通称「カエル男」と呼ばれる犯人との攻防を描いた、巴亮介による人気漫画を実写映画化したサイコスリラー作品。
監督:大友啓史 脚本:髙橋泉、藤井清美、大友啓史 出演:小栗旬、尾野真千子、野村周平、丸山智己、田畑智子、市川実日子、伊武雅刀、大森南朋、松重豊、五十嵐陽向、妻夫木聡 ほか