コラム 佐々木誠の『映画記者は今日も行く。』第11回
『湯を沸かすほどの熱い愛』の初日舞台挨拶が10月29日、新宿バルト9で行われた。 舞台挨拶には、中野量太監督、出演の宮沢りえ、杉咲花、オダギリジョー、松坂桃李、伊東蒼が登壇した。
「演劇の神様に試されている」
【ガンで余命2ヶ月を宣告された母親】という役をオファーされた時に、実際に自分の母親もガンで亡くしている宮沢りえは、そう実感したようだった。
「三井のリハウス」のCMで、初代リハウスガールを務め、瞬く間にお茶の間の人気者となり、トップアイドルの仲間入りを果たした宮沢りえ。その後も、映画『ぼくらの七日間戦争』で主演を務めるなど、その人気はうなぎのぼりに増していった。
ただ、そのまま王道アイドルの道をひた走るかと思いきや、18歳の時には、ヘアヌード写真集『Santa Fe』を発表し、世間を大いに賑わせた。今でも、「宮沢りえの代表作は?」と聞かれたら、主演した映画でもドラマでもなく、真っ先に『Santa Fe』と答えてしまう、それくらいのインパクトがあった。
さらに、母親である“りえママ”の存在を悪と捉えられたり、横綱との婚約、そしてスピード解消、拒食症の噂も飛び交うなど、トップアイドルとしての憧れの対象から、一気にバッシングの対象へと変わっていってしまった。
そんな彼女が心身ともにカムバックを果たしたのが、2002年公開の映画『たそがれ清兵衛』での名演だったと記憶している。この作品で、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した。
ウソの中に身を置くことで、本来の自分、本当の自分を探し求めていたのかもしれない。
以降の彼女の活躍ぶりは目を見張るものがあり、2011年にはNHK大河ドラマ『江 〜姫たちの戦国〜』で、茶々(のちの淀)を見事に好演。舞台では2013年に、病気のため降板した天海祐希の代役として出演した『おのれナポレオン』での演技が高く評価され、翌2014年には、映画『紙の月』で再び、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞したのだった。
トップアイドルから、なぜこれほどまでの名女優へと変貌を遂げられたのか。それはきっと、彼女が歩んできた波瀾万丈な人生が影響しているに違いない。彼女の生き様がそのまま役を通して伝わってくるから、何か胸を打つものがあるのだと思う。
また、宮沢は舞台挨拶の中でこうも言っていた。
「このメンバーと一緒に、本番というウソの枠の中で呼吸していると、その枠がなくなっていって、本当の時間が流れているような錯覚に陥ることが何度もありました。それは本当に素敵なことです」
中野量太監督が手掛けた、この傑作に出演したことによって、“ウソも本気でつけばそれは紛れもない真実となる”ということを、改めて肌で感じることができたようだ。
宮沢の娘を演じた杉咲花も、「撮影している中で、演技をしているという感覚がなくて、目の前で起きたことを自分で受け入れているといった感じでした」と、ウソの母ではなく、本当の母として存在してくれた宮沢と対峙したことで、それを実感したらしい。 劇中の杉咲の姿を見れば、女優としてさらに成長したことが窺えると思います。
波瀾万丈に満ちた人生。 しかし、【女優・宮沢りえ】の熱い魂、熱い愛は、確実に後輩へと受け継がれているのである。
映画『湯を沸かすほどの熱い愛』(クロックワークス配給)
自主映画『チチを撮りに』で注目された中野量太監督が、主演に宮沢りえを迎えて贈る、商業映画デビュー作品。
監督・脚本:中野量太 出演:宮沢りえ、杉咲花、オダギリジョー、松坂桃李、伊東蒼、篠原ゆき子、駿河太郎 ほか