コラム 佐々木誠の『映画記者は今日も行く。』第10回
『この世界の片隅に』の舞台挨拶が、「第29回東京国際映画祭」内の10月28日、TOHOシネマズ六本木ヒルズで行われた。 舞台挨拶には、片渕須直監督、声優キャストの、のんが登壇した。
「普通ということが愛おしくなる作品だと思います」
第二次大戦下の広島・呉を舞台に、前向きに生きようとするヒロインと、彼女を取り巻く人々の日常を描いた本作で、ヒロイン【北條(浦野)すず】の声を担当した、能年玲奈、改め、のん。
こうの史代さんの原作漫画を読むまでは、“戦争”というものは自分とは別世界の話だと感じていたそうだが、何があっても懸命に毎日を生きる【すず】の姿に心を打たれたと発言していた。
NHK連続テレビ小説『あまちゃん』で、ヒロイン【天野アキ】を演じ、「じぇじぇじぇ」のフレーズとともに、一躍“時の人”となり、その後も、映画『ホットロード』や『海月姫』で主演を務めるなど、まさに順風満帆の道を歩んでいた能年玲奈だったが、[事務所独立騒動]をきっかけに、その地位は一気に剥奪されていってしまった。
その間に、同じく『あまちゃん』に出演していた有村架純は、どんどんとキャリアを積み重ねていき、可愛らしいアイドル的な存在から、今や本格的な女優へと変貌を遂げていった。
また、能年に取って代わって、一躍“時の人”となったのが広瀬すずかと思われる。現在の活躍ぶりは周知の通りだが、大ヒットを記録した映画『ちはやふる』は、実は最初は、能年主演で作られる予定だったらしい。“騒動”が原因で、その話は流れてしまったとか。能年にとってはまさしく「じぇじぇじぇ」なことだったであろう。
今回の映画で【すず】の声を担当したというのも、何かの因果関係か。また、舞台挨拶中、【すず】のことを話す時は常に、「すずさんは・・・」と言っていたのが印象的で、そこにも何か、今現在の広瀬すずとの力関係を垣間見ることができた、というのは考えすぎか。
普通に女優としてのキャリアを重ねていったならば、今頃は日本を代表するような若手女優の一人になっていたかもしれない。だからこそ余計に、「普通ということが愛おしくなる」という言葉が能年の心情とリンクしてしまって、胸に突き刺さる。
そんな彼女が、名前を【のん】と改め、リスタートとして選んだのが、今回の“声”の仕事だった。
復帰作第一弾として、期待と不安が入り混じっていたが、早くもその評判はすこぶるイイ。映画の公開はまだこれからだが、すでに今から世間の反応が気になるところだ。
まだ、騒動の余韻が残っており、きちんとした形で終息を迎えてはいないが、そんなことに挫けず、どんな声にも負けずに、今度はこちら側が「じぇじぇじぇ」と驚くような、女優としての輝きを取り戻してもらいたい。
そう切に願う。
映画『この世界の片隅に』(東京テアトル配給)
「第13回文化庁メディア芸術祭」のマンガ部門で優秀賞を受賞した、こうの史代による同名コミックを原作に、第二次大戦下の広島・呉を舞台に、前向きに生きようとするヒロインと、彼女を取り巻く人々の日常を描いたアニメ作品。
監督・脚本:片渕須直 声の出演:のん、細谷佳正、尾身美詞、稲葉菜月、牛山茂、新谷真弓、小野大輔、岩井七世、潘めぐみ、小山剛志、津田真澄、京田尚子、佐々木望、塩田朋子、瀬田ひろ美、たちばなことね、世弥きくよ、澁谷天外 ほか