―― 『ラストレター』(公開:2020年)では庵野秀明さんが旦那さん役でした。“合わないのでは”と感じていたのですが、実際に映像で並んでいる姿を観たらピッタリと合っていて驚きました。今回も“何だか合わなそう”と思っていたんですが、お似合いにさえ感じました。 役を演じる上で意識していることはありますか。
そう言って頂けて光栄です。でもそれは、監督やプロデューサーの方が持つ勘だと思います(笑)。年齢関係なく初めてご一緒する方に対して私は“合うといいな”と思って現場に行かないんです。出たとこ勝負みたいな感じで演じて“あれ、合わなかった。無理だった(笑)”と思うこともなくはないんです。
でも“合うかな、合わせよう。どうやって合わせようかな”と準備していくことは、あまりありません。相手役の前で「すみません、今のところはこんな感じです。一緒にお願いします」という感覚で立ち、後はお互いに刺激を与え合えたらいいと思っています。その結果として観客に「合う」と観えていたら最高です。現場には期待し過ぎずに行く感じです(笑)。
―― 共演相手をあらかじめ調べたりはするんでしょうか。
私の中で沢田さんは、歌手としてはリアルタイムではないんです。ドリフターズ世代なのでコントをしている沢田さんなんです。“こんなにもかっこいい人がこんなにも面白いことを何故出来るんだろう“という想いが一番ですね。
当時、私の中では志村けんさんもちょっと二枚目の方で、沢田さんにちょっと似ていると思っていて(笑)二枚目のお2人がこんなにも面白いことをするなんて!と衝撃を受けた経験があるんです。だから“沢田さんは絶対に面白いことがお好きなはず”という期待はありました。そういう経験を沢山されている沢田さんとの共演を楽しみにしていました。
実際にお会いした沢田さんは【ツトム】さんでしかなかったです。面白いことが面白くなる、面白いお芝居が出来て、かつそれをちゃんと面白く表現出来る経験値を感じていました。結果面白くなるのはもちろんですが、面白く出来る経験、力を持っているからこそ、どんなに作業が忙しくても何でもないように私には見えました。このまま舞台にも出来ると思います。だけどちゃんと映画として収まるのは、沢田さんの力、演技力というか才能だと思いました。
―― 松さんは舞台や映画、ドラマで役を演じていますが、芝居に対してどんな想いを持たれていますか。
「楽しく出来れば一番」というのはあります。「楽しい」というのは「環境が快適、お弁当が美味しい、もてはやして頂ける」ということではなく、それ以外のことで楽しく出来れば一番いいですね。
先日までわりと長期間、舞台(NODA・MA P「Q:A Night At The Kabuki」)をやっていたのですが、何本も一緒にやっているスタッフ、アンサンブルのメンバーが多いカンパニーだったんです。何となくですが、彼らに“慣れた、軽くこなしている”と思われるような姿、かっこわるい姿は見せたくないという想いがあり、それが頑張る力となっていました。
もちろん体はあちこち痛くなるし、疲れもしますが、必死に演じていたことで“楽しい”と感じる瞬間が芝居中に何回かありました。その瞬間を味わいたくてまた頑張る。コツコツとやっていくとそういう瞬間に出会える気が最近は特にしますね。
―― そんな松さんが考える役者にとって必要なことはなんですか。
健康な身体!まずは健康な心と体だと思います。もちろん良い人間でもありたいですし、私もまだわからないです。私たちは色々な人と出会って色々な刺激を頂き、色々な経験もさせて頂きます。その培った経験を全て捨てることが出来るのか?捨てる勇気を持つことが出来るのか?だと思います。
新しい現場に行った時にこれまでの経験が活きる事ありますが、経験を捨てる勇気があれば怖いものはない気がします。「またゼロから始める」と思えるかどうか、時には捨てる勇気も必要なことだと思います。
―― 思い込みを作らないということでもありますね。
そう思います。沢田さんも中江組の中では本当に【ツトム】さんを演じる世界でひとりの俳優さんでしかなかったです。そういう全部捨てる勇気もあると楽だと思います。“こうやって来たから出来るはず”と思ってしまうと辛そうだから、ある程度のいい加減さはありかと思っています(笑)。
取材・文 / 伊藤さとり
写真 / 藤本礼奈
スタイリスト / 梅山弘子(KiKi inc.)、ヘアメイク / 須賀元子、衣装協力 / DÉPAREILLÉ
長野の山荘で暮らす作家のツトム。山の実やきのこを採り、畑で育てた野菜を自ら料理し、季節の移ろいを感じながら原稿に向き合う日々を送っている。時折、編集者で恋人の真知子が、東京から訪ねてくる。食いしん坊の真知子と旬のものを料理して一緒に食べるのは、楽しく格別な時間。悠々自適に暮らすツトムだが、13年前に亡くした妻の遺骨を墓に納められずにいる。
監督・脚本:中江裕司
料理:土井善晴
原案:水上勉「土を喰う日々 ーわが精進十二ヵ月ー」(新潮文庫刊)、「土を喰ふ日々 わが精進十二ヶ月」(文化出版局刊)
出演:沢田研二、松たか子、西田尚美、尾美としのり、瀧川鯉八、檀ふみ、火野正平、奈良岡朋子
配給:日活
©2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
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公式サイト tsuchiwokurau12.jp