映画の誕生を見届ける職人集団 " 東京現像所 / Togen " 03:アナログからデジタルへ ー 黒澤映画編 (後編) 映画の修復に挑む Togenスタッフインタビュー
東京現像所は、フィルム時代から今日に至るまで、映像業界の発展に寄与してきた幅広い映像作品の総合ポストプロダクション。劇場用映画・TVアニメからネット配信コンテンツなど、撮影データから初号完成に向けたDIを始めとする、長年の経験値を織り交ぜたポスプロ作業やヒューマン・ソリューションを提供。新作のポスプロの他にも、名作映画・ドラマなどの貴重なフィルムやテープ素材をデジタルデータに置き換え、必要に応じて高品質のデジタルリマスタリングを行う「映像修復 (アーカイブ) 事業」にも力を注いでいる。(東京現像所沿革)
2023年11月末 (予定) に、惜しまれつつも全事業を終了する。事業終了した後、DI事業、映像編集事業、アーカイブ事業は、東宝グループに承継され、現在携わっているメンバーは、大半が東宝スタジオに移籍する予定。
カラー映画の需要が高まりつつあった1955年、既存の東洋現像所(現IMAGICA)に競合する大規模な現像所として設立され、それから68年にわたって、映画・アニメ・TVを中心として映像の総合ポストプロダクションとして数々の名作を送り出してきた。
アナログからデジタルへ ー 黒澤映画編 (後編) では、『七人の侍』を中心にコーディネート、レストア、サウンドコーディネートなどを担当した、清水俊文氏、小森勇人氏、小池亮太郎氏、加藤良則氏、森本桂一郎氏に話を伺った。
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甦る『七人の侍』
――黒澤明監督の名作が4Kリマスターで続々と発売されています。これらは東京現像所の修復チームが手掛けたものですが、今回は『七人の侍』を中心に、どのような4K修復作業を行ったのか伺いたいいと思います。『七人の侍』の4K修復版は、2016年の「午前十時の映画祭7」で上映され、大きな反響を呼びました。今回のUltra HD Blu-ray (以下 UHD Blu-ray ) ならびにBlu-rayで発売されたものと同じマスターですか?
小森 全く同じではないですね。スクリーンで観るのとモニターで観るのでは環境が違って観え方も違うので。今回発売したものは、さらにブラッシュアップをしています。
清水 2016年に上映したときは、あのときはあのときで精いっぱいやったつもりではあったんですけど、今は機材も新しくなり、スタッフのスキルも上がっていて、あのときできなかったことが今だったらできるだろうということで、ちょっと時間と予算をいただいて、結構手を入れ直しています。
加藤 2016年のときは、まだ僕も手探りでやっている部分も少しありましたが、それから2023年になるまで技術の蓄積ができてきて、今できる技術の全てを、UHD Blu-rayの『七人の侍』に注ぎ込めたのはすごくありがたかったです。
――『七人の侍』は原盤が存在しないことから、2016年の作業では、マスターポジ、デュープネガ、短縮版マスターポジなど、様々なフィルムをチェックし、マスターポジを軸にして修復作業を行ったそうですね。
清水 原盤がないので、どれが一番オリジナルに近いフィルムかを、1本ずつ確認するところから始めました。しかも、この映画は長いので(笑)、チェックだけでも結構時間かかりましたね。『七人の侍』は短縮版もあったりするんですが、短縮版も実は画質がいいんじゃないかとか、いろいろな検証を重ねた上で、マスターポジでいこう、みたいに決めた記憶があります。
――現時点で入手可能な『七人の侍』のフィルムは全てチェックされたわけですか?
清水 東宝の作品はきちんと管理されていて、フィルム専用の倉庫に入っていますから、1缶残らず探って、チェックしたという形ですね。どこか別のところから出てくれば別ですけど、倉庫は総ざらいしたつもりです。
加藤 それぞれのフィルムを、簡易的なムービーファイルにして並べていって、この尺が足りない、ここに別のカットが入っているとか、比較する作業をやったのを覚えています。
小池 『七人の侍』のフィルムって1000フィート巻で20缶あるので、本編を丸ごとフィルムチェックするにも相当時間がかかりますね。
――黒澤作品では、馬の走りなどで意図的にコマを抜いて編集する場合がありますね。そうした意図的にコマを欠落させたものと、長い時間の間に欠落してしまったコマは、どう見分けるんですか?
清水 フィルムのエッジナンバーがあるので、そこで何コマ抜けているか計算できるんですね。明らかに演出で抜いているであろうものは、そのままにしています。逆に何か事故で抜けたと思われるところは埋めています。『影武者』で言うと、織田信長が扇子を持って能を舞う場面がありますが、何コマか欠けているんですね。そういった事故的に抜けているところは戻すということですね。
小森 編集で繋いだものと、事故で切れたから繋いだものでは、スプライスの感じを見れば違っていたりしますね。
――これまで流通していたものが、実はある時点で欠けたり、差し替わっていたということもあるわけですか?
小池 『七人の侍』は東宝マークが初公開時のものと差し替わっていました。
清水 そこで4Kでは初公開時の東宝マークを復元しようと。黒澤映画は東宝マークが初公開時と差し替わっているものが多いですね。
――それだけ各時代にリバイバル上映されたということですか?
清水 そうです。人気があるがゆえに、フィルムの傷も多いんですね。
黒澤映画の画と音を修復する
――フィルムをスキャンして、そこから修復作業が始まるわけですが、レストアを担当された加藤さんに、フィルムの傷消し作業について伺えれれば。
加藤 スキャンされた素材から、ソフトを使って目立つ傷などを消していくんですが、目立つものを消すと別のものが目立つんです。大を消すと中が目立つ。中が消えると小が目立つ。そして全部消えたと思うと窓ゴミが目立つ(笑)。傷だらけのフィルムのレストアは、いくらでもやりようがあるんですが、そこの納めどころというか、着地点をどこにするかが難しいですね。
――作業時間はどれくらいですか?
加藤 当時の作業はスタッフ総がかりで3~4ヶ月かかっています。追加作業は1人で作業すると10日間ぐらいですかね。レンダリングとかが入るんで、実質もうちょっと、かかりますが。
――整音担当の森本さんは、作業としてはいかがでしたか?
森本 レストア自体は仕上がっている状態ですので、劇場用の音から家庭用の音に整音する作業が主体でした。
清水 劇場だと、モノラルはセンタースピーカー1個からしか出ないんですけど、家庭用だと左右のスピーカーから出しますね。そういったところの調整をやっています。
――UHD Blu-ray、Blu-rayの『七人の侍』はセリフが明瞭に聞こえると話題です。
森本 以前の上映フィルムやソフトでご覧になった事がある方では、それらと比べて明瞭になったと感じる人もいると思いますが、初めて黒澤監督の作品を観た方ですと、それでもやはり聞き取りづらい人もいると思います。レストア作業上では、「聞き取りやすくする事」自体に固執せずに、当時のアナログ録音の様々な工夫が盛り込まれている状態のものをどのような方法で再現するのが正解なのかを探り出していく事をメインに復元していきます。「元々当時の録音だから聞きづらい」という考えではなく、とにかく正確に再現する為の考え得る要因を一つ一つ解決していく事で、結果聞こえやすくなっているのが良いというところを目標にしています。
清水 音質的にはすごく聞き取りやすくなっているんですが、元々何を言っているのかわからないというところもありますね。
森本 セリフに使われている言葉が現在では聞き慣れないものもあります。しかも早口になっている場合は特に、聞き取れても内容理解が難しい事もあると思います。
――こうした聞こえていなかった音が聞こえてくるようになると、作品のイメージも変わってくる場合があると思いますが、監修はどなたがされるんですか?
清水 黒澤映画の場合は、東宝さんと黒澤プロさんに監修していただきます。古い作品になると、当時のスタッフで健在な方があまりいらっしゃらないので。『影武者』だと上田(正治)さんというカメラマンの方がお元気なので監修していただいていますが。モノクロの黒澤作品の場合は、我々の経験値や過去の例をもとに作業して、最終的に東宝さんと黒澤プロさんにチェックをいただくという形ですね。
4Kで黒澤映画を観る意味とは?
――最後に『七人の侍』を中心に、黒澤4K修復版の見どころや、ご自身が関わって感じられたところを伺えれば。
小森 昔は映画というものは、劇場へ行ってフィルムで観ることしかできなかったんですけど、今はもうVHS、DVDの時代を経て、家で観たいときに映画館と同じ4Kの画質で観られる世の中になったので、ぜひソフトを購入して観ていただきたいと思います。
小池 私は映像特典の作業に関わったんですが、『七人の侍』は、特報や予告編が幸いなことに東宝さんが残されていて。今回、倉庫に残っているものを全部蔵出しして、中身を調べたんです。初公開版とかリバイバル版とか、その違いも調べて、バージョン違いも含めて特典に入れました。予告編って映像ソフトが出ない限り世に出る機会ってほとんどないんじゃないかと思うので、チャンスがあれば、今後もこうした映像を発掘したいと思っています。実は今回発売されない黒澤作品も、秘蔵映像を倉庫で漁ったので(笑)、もしソフト化されることがあれば、ご期待いただきたいですね。
加藤 『七人の侍』は映画自体も長くて、当時作業したときに、かなり修復作業に時間がかかっていて、僕らは1コマ1コマ見ていくんですけれども、Blu-rayになるとコマ送りもできるので、僕らと同じ体験をする人が、どれ位いるのかわからないですが(笑)、そうした楽しみ方もしていただければ。4Kの画質には、作業する方もその画質の良さに驚かされるんですね。それがフィルムの揺れだったり、ちらつきがあるだけで、4Kの高解像度を存分に味わえなかったりするんですよね。それを僕らが整えて4Kを非常に味わえるものにしたので、ぜひ味わっていただけたらと思います。
森本 リマスター作業によって、当時の作った状況が再現されることで、当時のスタッフが細やかに表現していることがわかってくると思うんです。そうすると、映画の内容もわかりやすくなってきたり、こういう演出なんだっていうこともわかってくる。僕も作業をしながら、こんな小さい音が入っているとか、同時録音の音や、相当作り込まれた音を聴くことで、当時の技術者の苦労や、仕事をつぶさに見ることができました。そういう楽しさを皆さんも味わえると思いますから、ソフトや劇場で上映されるときに観ていただけると嬉しいですね。
清水 自分はクライテリオン(注:クライテリオン・コレクション社。アメリカの映像ソフトメーカー)が大好きなんですよ。レーザーディスクの時代からクライテリオンで買っていて。何で日本ではこういう上質なソフトが出ないのかなと思っていたんです。黒澤作品は国内でレーザーディスクが出るのもかなり遅れましたから。
――クライテリオンは、現在も黒澤映画の名作のBlu-rayを充実した特典付きで発売していますね。
清水 それもあって、作業をする上で、クライテリオンを超えたいっていう目標があるんです。毎回オペレーターの皆さんにクライテリオンのソフトを見せて、これを超えてくれと(笑)。その意味では今回のUHD Blu-ray、Blu-rayのソフトは、クライテリオンを超えたと思っているので、ファンの皆さんにもぜひ買っていただきたいですね。あと今回、日本語字幕が付いていて、黒澤映画に日本語字幕というのは非常に大切な要素だと思っていますので、その点も注目いただきたいですね。
――今後の展望はどう考えられていますか?
清水 今は4Kでやっていますけど、いつか8Kの時代が来ると思いますし、今回『七人の侍』を再ブラッシュアップしたのと同じように、時代が変わるといろいろ技術も変わってくるし、ソフトも変わって、やり方も変わっていくと思うんですね。おそらくまた、将来的にもう1回、同じ作品をやり直すってこともあると思います。それは映画としての進歩でもありますし、リマスターの進歩でもあるので。加藤なんか同じ作品をメディアが変わるたびに何回もやってますが(笑)、前回の経験が次回の作業にすごく活きるんですよ。
加藤 やっぱり大変なところは記憶に残っているので。「あのロール3やばいよ」とか言って(笑)。スタッフに伝えたりしていますね。
清水 それから、東宝の作品はまだあまり導入していませんが、最近はUHD Blu-ray のソフトにHDR(ハイ・ダイナミック・レンジ)があるじゃないですか。HDRは、今ある作品に「色の演出」を加える作業でもあるので、きちんと監修の方を立ててやらなくちゃいけないと思うんですけれども、そうやって映画がまた新しく生まれ変わっていくことも、これからの流れになっていくんじゃないかと思いますね。
文 / 吉田伊知郎
撮影 / 吉田周平
東京現像所は2023年11月末日を持って事業終了となるが、12月1日に設立するTOHOスタジオ内の新会社「TOHOアーカイブ」へ機材及びスタッフが継承され、今後もアーカイブ作業は続けられる。
プロフィール
(写真左側より)
小池亮太郎 (営業本部 営業部 営業課)
清水俊文 (営業本部 営業部長)
小森勇人 (営業本部 営業部 TAグループ コーディネーター)
加藤良則 (営業本部 映像部 アーカイブ2課 レストアグループ 係長)
森本桂一郎 (映像本部 映像部 アーカイブ2課 サウンドコーディネーター)
株式会社東京現像所 (TOKYO LABORATORY LTD.)
所在地:本社 東京都調布市富士見町2-13
1955年、東宝・大映・大沢商会など、映画関係各社の出資により設立。2023年11月30日に全事業を終了。
映画『七人の侍』4Kリマスター 4K Ultra HD Blu-ray
戦国時代、野武士達の襲撃に恐れおののく村があった。村人たちはその対策に、侍を雇うことにした。侍探しは難航するが、才徳に優れた勘兵衛を始めとする個性豊かな七人の侍が集まった。数で勝る野武士たちに侍は村人たちと共に挑んでゆく‥‥。破格の製作費と年月をかけて作られた日本映画史上空前の超大作であり、世界に誇る日本映画の最高傑作。
監督:黒澤明
出演:三船敏郎、志村喬、稲葉義男、宮口精二、千秋実、加東大介、木村功、津島恵子
発売元:東宝
©1954 TOHO CO.,LTD
発売中