サスペンス映画の主人公と同じカリスマシェフは、この物語をどう思うのか? 同じ立場の人物の観点を知れたら、より作品の理解を深められるはず。そうして、インタビューを行ったのは、『スッキリ』(NTV系)にも出演する、代々木上原の人気レストラン「sio」のオーナーシェフ鳥羽周作。自身のYouTubeチャンネルは登録者39万人、現在経営する8店舗は、すべて違う業態ながら、どれも予約が取りづらい人気店だ。そんな彼は、仕事の後、レイトショーに通うほど映画好きでもある。
今回、観てもらったのは11月18日公開され話題を呼んでいる『ザ・メニュー』。孤島にある高級レストランを舞台に繰り広げられる、社会風刺スリラー作品だ。「この映画を語るには、僕が一番適任だと思います(笑)」と鳥羽周作氏は語り、「映画とレストランは一緒」だと言う。その真意とは、いかなるものなのか‥‥。
サスペンスをいただく前に
絶海の孤島にある高級レストラン・ホーソン。世界で最も予約が取れないといわれる、このレストランに厳選されたゲストたちが集う。天才的なセンスを持つ、伝説のカリスマシェフ・スローヴィクが振る舞うのは、芸術的なまでに美しく、完璧なコース料理。しかし、料理が次々と運ばれるたびに、客が予想だにしないサプライズが添えられており、思いがけない結末へと突き進んでいく。
逃げられない場所に集められた、個性的な面々と招かれざる客。そこを支配する絶対的人物によるシチュエーション・スリラーの設定で物語は進む。このストーリー上、欠かせない要素となっているのが、「レストラン」と「料理」だ。
そこで今回、ミシュランガイド東京2020より4年連続で一つ星店として掲載されているレストラン「sio」のオーナーシェフである鳥羽周作氏に、料理人としての目線で、この映画に何を感じたかを聞いたところ、このように答えた。
――この映画は、単刀直入に言って、まさにレストランそのものです。(鳥羽)
本作のシェフ同様に、世界に認められたシェフである彼の言葉に耳を傾けることで、この映画をさらに味わうことができるはずだ。
キッチンについて
まず映画の観客たちは、招かれたゲストともに、密室劇の大半を占めるキッチンスタジオに引き込まれるだろう。暗い海が見えるガラス張りのダイニングエリアには、5つの円卓に12人のゲスト、反対側のオープンキッチンには、多くのスタッフが一糸乱れぬ動きで調理を進め、その中央に君臨するシェフが、本日のメニューの趣旨を説明していく。自ら究極に突き詰めた料理を「食べないでくれ」「味わうのです。味覚と嗅覚で」と。
――この映画の素晴らしいところは、調理器具や、料理の一皿一皿の細かい部分まで、めちゃくちゃこだわり抜かれているところなんですよ。(鳥羽)
緊張感漂うレストランの世界観。これを映画全体で観たときに、納得する部分がたくさんあるという。
実際、本作に登場するキッチンスタッフの俳優たちは、ナイフの使い方、料理の盛りつけ、レストランにおけるキッチンでの仕事のやり方を事前に習得した上で撮影に挑んでいる。伝説のシェフによる、綿密なセットメニューを提供するためには、完璧に動かなければならないからだ。すべては”コーディネート”されてるのだ。
それは舞台設備だけではない。まるで”カルト集団のリーダー”のような、シェフ・スローヴィクが着ている立襟のユニフォームもそうだと鳥羽氏は指摘する。
――あのシェフのコックコートの着こなしが、なんとも言えない緊張感を演出してたりするんですよ。そうやって非常に戦略的に練り込まれてるんで、細かいところも見逃さないでほしいですね。(鳥羽)
本作の監督マーク・マイロッドは、現実に忠実で、レストラン業界で働く人たちが観ても「ああ、わかる、わかる」というものにしたかったそうだ。この要望に応えるため、衣装デザイナーのエイミー・ウェストコットは、ミシュランガイドで星を獲得したレストランシェフたち、そしてそこに通う人々の写真を研究するなどのリサーチをしたそうだ。
料理、コースについて
さて本題。肝心の料理について聞いた。あの”メニュー”を食べてみたいですか?
――そうですね。最先端の技術を使っていて、結構本格的な料理が本当に出てくるんですよ。僕よりもしかしたらうまいんじゃないかな?みたいな(笑)。 (鳥羽)
さすがの推察。本作の”メニュー”は一流シェフたちが惜しみなく協力している。登場する美しいコース料理は、ミシュラン三つ星を獲得した、サンフランシスコにあるレストラン「アトリエ・クレン」のドミニク・クレンによって考案されたもの。これを2人のフードスタイストともに、実際、俳優たちが食べることができ、かつ、カメラ撮影と照明に映えるように料理を作り変えたそうだ。
本作『ザ・メニュー』において、”メニュー”は、日本でいうお品書きではなく、”フルコース”の意味だ。コース料理には”味わう”順番がある。一皿の料理として考えてはならない。
フランス料理を例にすると、一般的にオードブル(前菜の盛り合わせ)、スープ(コンソメスープやポタージュスープ)、ポワソン(魚介料理)、ソルベ(シャーベットなど口直し)、ヴィアンド(肉料理)、デセール(デザート)、カフェ・ブティフール(コーヒーと焼菓子)の順で提供される。
店舗の方針によって品数は異なるが、このような構成でコースが組み立てられている。この順番があるから、客の五感を揺さぶるのだ。その上で鳥羽氏は語る。
――映画を作るっていうこと自体が、レストランでコース料理を考えることと全く同じようなことなんですよ。
緊張感を持たせて、緻密にストーリーを作り込んでいく工程が、自分がお客様を喜ばせる感覚とめちゃくちゃリンクしていて、映画を観ていて本当に「あぁ、わかる」っていうことばっかりでした。うちのレストランでは、コース10皿でやってるんですけど、”どこでどう感動させるか”っていうポイントを点数で割り振りして作ってるんですよ。ドラマカーブっていう感情の起伏をコントロールしているんです、これって映画もそうじゃないですか。
今回の映画でいうと、3皿目で感情を絶対上げるために、心理的負荷をかけています。うちの場合、3皿目と4皿目が一番お客様の情報量を多く取れるタイミングなので、一番複雑な皿を作ってるんです。そこから一回シンプルにして、メインでもう一回、お客様の感情を上げる料理を作る。
この工程を全部最初に台本で決めていて、それに合わせて調理しているから、映画にすごく似てると思います。
そういった意味で僕らは、おせち料理ではお客様を感動させるのは難しい。おせちは全部食べる前にやめちゃう人もいれば、全部食べちゃう人もいてコントロール不能なので。映画みたいに入り口と終わりがないと感動させれない。ラストシーンを観ずに帰られたら、映画にならないじゃないですか。最後まで観てもらうにはコース料理じゃないと無理なんですよ。お客様をコントロールできるって意味では、映画もコースも一緒なんですよ。(鳥羽)
シェフの美学
自分の作るものを演出し、最初から最後まで、お客様の感情をコントロールすることにおいてコース料理と映画は一緒だという鳥羽氏。しかし一方でコントロールするということは、支配することとも捉えられる。
本作『ザ・メニュー』のシェフ・スローヴィクは、イカれた演出を交えて命がけのフルコースを提供し、客を恐怖で支配して驚愕の結末へ導いていく。
――あのコースはシェフの最終的な美学だったんだと思います。料理って食べたらなくなっちゃうんですよ。作るまでにめっちゃ時間かかるんだけど、食べ終わるのは一瞬で何も残らないじゃないですか。結局、残るのは記憶だと思うんですよ。だから、そこも含めてのコースマネジメントだったんじゃないかな。そういう儚さみたいなところも「レストランっぽいな」と解釈しました。(鳥羽)
本作でシェフと対峙する招かれざる客・マーゴを演じたアニャ・テイラー=ジョイは、レイフ・ファインズがシェフ・スローヴィクを「全くの狂人ではなく、共感もできる人として演じたところ」が素晴らしいと評する。これについて、日々、コース料理を考え抜いている鳥羽氏も同意見で、作り手として共感したようだ。
くわえて、料理人としての心情を語る。
――自分の料理に対するピュアな思いをちゃんと伝えたかったはずなのに、何かズレてしまう。その結果、自分の思いとの間に軋轢を感じてしまった。シェフが、あぁなっちゃったっていうのは、作リ手としてすごい共感できるかな。自分にとっては改めて考えさせられる部分もありました。レストランは「予約が取れないことがいいことだ」とか言われたりしますけど、料理人としては、届けたい人に届けたいっていう思いが根底にあります。
やっぱり料理人って最後は愛だと思うんですよ。映画を最後まで観ることで、その尊さと作り手の愛が伝わればいいなと思っています。(鳥羽)
本作に協力した一流シェフたちもこぞって、「観客の中に、少しでもサービス業、エンターテイメント、そして料理と私たちの関係について考えてくれる人が出れば最高ですね」と口をそろえる。
最後に料理人としても、いち映画ファンとしてもオススメできる映画だという鳥羽氏は、こう締めくくった。
――料理は食べられないんですが、レストランへ行く感覚で映画館に行くと満足してもらえると思います。ぜひ皆さん観てください、最高です。(鳥羽)
これから観る方は、空腹を覚悟してほしい。スリルとサスペンスはお腹が空く。そうして映画のフルコースにまんまと引っかかってしまうことだろう。
そういう意味で、本作にはドレスコードがあるんじゃないかとさえ思う。革ジャンならチーズバーガーを、テイラードジャケットならレストランで。きちんとおめかししてこの映画を観よう。きっとレストランに行きたくなるはずだから。
文・構成 / 小倉靖史
sio株式会社 / シズる株式会社 代表取締役
Jリーグの練習生、小学校の教員を経て、31歳で料理の世界へ。 2018年「sio」をオープン。同店はミシュランガイド東京 2020から4年連続一つ星を獲得。 現在、「sio」「Hotel’s」「o/sio」「o/sio FUKUOKA」「パーラー大箸」「㐂つね」「ザ・ニューワールド」「おいしいパスタ」と8店舗を展開。 書籍 / YouTube / SNSなどで公開するレシピや、フードプロデュースなど、レストランの枠を超えて様々な手段で「おいしい」を届けている。モットーは『幸せの分母を増やす』。
太平洋岸の孤島を訪れたカップル。お目当ては、なかなか予約の取れない有名シェフが振る舞う、極上のメニューの数々。ただ、そこには想定外の“サプライズ”が添えられていた‥‥。
監督:マーク・マイロッド
製作:アダム・マッケイ
出演:レイフ・ファインズ、アニャ・テイラー=ジョイ、ニコラス・ホルト、ホン・チャウ、ジャネット・マクティア、ジョン・レグイザモ ほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2022 20th Century Studios. All rights reserved.
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