Nov 19, 2022 column

まるで騙し絵のような構造、極上の「物語体験」へいざなう『ザ・メニュー』

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「極上体験へのいざない(invite you to experience)」。映画の幕開けを飾る一文が象徴するように、登場人物が海辺にたたずむファーストシーンから、すべてを締めくくるラストシーンまで、じつに美しく、そして深みのある108分間だ。サーチライト・ピクチャーズが放つ新作サスペンス『ザ・メニュー』は、めくるめく“極上の物語体験”を観る者にもたらす。

恐怖と狂乱のフルコース

物語の舞台は、アメリカ北西部・太平洋沖にある孤島の高級レストラン・ホーソン。主人公のマーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)は、美食家のタイラー(ニコラス・ホルト)に連れられて、この世界一予約が取れないレストランを訪れていた。マーゴにとっては慣れない環境だが、それもそのはず、なにしろ彼女はタイラーを振った別の女性の代役だったのだ。

オーナーのヴェリクに任されて店を仕切るのは、世界的シェフのジュリアン・スローヴィク(レイフ・ファインズ)。彼がふるまう1人1250ドルのコース料理を味わうべく、はるばる孤島まで足を運んだのは、各界きっての実力者たちだった。若きスローヴィクを発見した大物料理評論家とお付きの編集者、映画スターとそのアシスタント、ヴェリクが経営するIT企業で名を上げた3人組、ホーソンの常連客である老夫婦。一同をもてなすのは、給仕長のエルサたち精鋭スタッフだ。彼らは厳しい規律に従い、島の中で共同生活を送っている。

一同が席に着くと、アミューズブーシュののち、いよいよスローヴィクのコースが始まった。はじめにスローヴィクは、「決して食べず、味わってください。味覚で、嗅覚で」と客人たちに語りかける。「尊いメニューです。この部屋で起こることは、自然界に比べれば些細なこと」。タイラーは目を輝かせながらスローヴィクの言葉に耳を傾けるが、マーゴにはすべてがいちいち納得できない。

客たちはスローヴィクの料理に舌鼓を打ち、ときに喜び、やがて困惑するようになっていく。そしてある時、決定的瞬間が彼らを訪れた。「混乱」と名付けられたその料理は、一同をその名前通りの混乱に、そして恐怖と狂乱の夜に導くことになる‥‥。

サスペンス&ユーモア、ブラックコメディの作法

本作第一の魅力は、とことん精緻に構築されたオリジナル脚本だ。執筆したのは、テレビのコメディ番組でキャリアを積んできたセス・リース&ウィル・トレイシー。ともに今回が長編映画デビューだが、驚くべき筆力で観客をぐいぐいと引き込んでいく。もっとも本作は、それゆえに決して多くを明かせないタイプの作品なのだが。

『ザ・メニュー』から切り離せないのは、HBO製作の大ヒットドラマ「メディア王 ~華麗なる一族~」(18~)である。本作監督のマーク・マイロッドは、同シリーズのシーズン1~3にて製作総指揮・監督を担当。脚本のトレイシーもシーズン2・3を執筆した。プロデューサーのアダム・マッケイは『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15)『バイス』(18)などの監督として知られるが、「メディア王」でも製作総指揮を務めている。

「メディア王」は“アダム・マッケイ節”とも言える風刺の効いたブラックユーモアとサスペンスフルな展開が特徴のシリーズだが、その味わいは形を変えて本作にも活かされている。孤島のレストランという“密室”でグツグツと煮詰まっていく人間関係や緊張感、(底意地の悪い)笑いの要素などは、まさしく「メディア王」チームの本領発揮。いうなれば本作はサスペンス・スリラー映画であり、それ以前にブラックコメディなのである。

マーク・マイロッド監督 & 妻のエイミー・ウェストコット(衣装デザイナー)

ただし本作は長尺のテレビドラマではなく、108分というやや短めの映画だ。そこでリース&トレイシーは、この群像劇めいた物語を、シンプルな構造の導入によってスマートにまとめ上げた。すなわち、それは「シェフのスローヴィクこそがゲームマスターである」ということ。彼が仕掛けるコース料理というゲームに、マーゴ&タイラーたち客人は参加せざるをえないのだ。映画館のシートに腰かけている私たち観客も例外ではない。

こうしたソリッド・シチュエーション・スリラー的な仕組みとうまく融合しているのが、「孤島を訪れた人々が事件に巻き込まれる」という設定だ。これはアガサ・クリスティーによる古典ミステリーの傑作『そして誰もいなくなった』などに代表される“クローズド・サークル”の定型を踏襲したもの。島や山荘、豪華客船など、外界との連絡が絶たれた状況で、一同は事件の解決や窮地からの脱出を目指すことになる。

そして本作における謎解き役は、言わずもがな主人公のマーゴだ。ポスターなどにも象徴されているように、この映画は終始「マーゴ対スローヴィク」という構図のもとに展開する。しかし、社会的にも強い立場にある客人たちの中、なぜマーゴがスローヴィクに立ち向かうことになるのか。彼女に勝算はあるのか、そのきっかけはどこに横たわっているのか。物語はふたりの直接対決に向かい、脇目もふらずに転がりだしていく。