父と兄の確執とデヴィッドの兄への思い
今作での見どころのひとつは、デヴィッドの兄テリーへの思いだ。若干ネタばれになるが、テリーが精神疾患のために精神病院にいれられる。僕自身、このテリーの存在をまったく知らなかったので、大変興味深く見た。
−−本作で描かれる兄テリーに関しては、ある程度自伝などに描かれているのでしょうか。それとも、今回関係者に直接取材してテリーの形を描き上げたのですか?
レンジ 彼について書いてある伝記はほとんどなかった。あってもほんの少しだった。なので、精神病院でテリーと一緒にいた人などを見つけ出し、話を聞いた。そこでテリーについて、どんな人物だったか、テリーがデヴィッドとの関連をどう考えていたかなどを聞いた。それらはとても有益だった。テリーについては、映画のために(キャラクターを)作り上げたというより、そうして集めた基本的な情報があってそれに基づいて描いている。
−−テリーの存在は、デヴィッドにとってどれほどのものなのでしょうか?
レンジ テリーはデヴィッドの人生において本当に大きな存在であり、重要なんだ。最初にレコードを聴かせてくれたり、レコードを買ってくれたり、初めてのライヴに連れてってくれたり、(ロンドンのライヴハウス)ロニー・スコットによく連れて行ってくれたのもテリーだ。2人は多くのライヴに一緒に行っていて、音楽的にデヴィッドの音楽性に多大な影響を与えた。だが、テリーと彼らの父とは確執があり、関係が難しかった。テリーは義理の息子(妻の連れ子)だったからだが。一方父にとってデヴィッドは、『黄金の子』だった。兄テリーの精神病院での出来事はデヴィッドに多大な影響を与えた。それを理解して『世界を売った男』を聴くと、まったく違って聴こえてくる。(そのアルバムでは)デヴィッドは、テリーに起こった精神病院での出来事、恐怖や心の本当の奥底にあるものを歌っている。
−−テリーは現在でも存命ですか?
レンジ いや、テリーは悲しいことにサウスイースト・ロンドンの鉄道の上を通る橋から身を投げ自殺したんだ。80年代のことだった。テリーについて、同じ精神病院の患者が証言してるんだが、彼はフランク・シナトラのような実にいい声をしたシンガーだったそうだ。
作り上げられたパブリシスト、ロンのキャラクター
−−では、今回のストーリーの中で非常にいい味を出しているマネージャー役でパブリシストのロン・オバーマンに関する資料はあったのでしょうか?
レンジ ロン・オバーマンについてもほんの少しは伝記などに出てくるが、資料はほとんどなかった。だから、逆に比較的自由にそのキャラクターを作りあげることができた。実際は、デヴィッド・ボウイと年齢も近く、何も彼に対して誓ったりはしていなかった。映画の中ではかなり汚い言葉を使っているが、実際の彼はそんなことはなかった。だからロン・オバーマンに関して言えば、『映画バージョンのロン』という感じだね(笑) 脚本の最初のドラフトを読んだとき、(今回役を演じている俳優)マーク・マーロンの顔がすぐに浮かんだんだよ。彼がデヴィッドのパブリシストにどんぴしゃだと思ったんだ。実際にロンとデヴィッドの関係は映画で描かれたほど、いろいろとやりあっていたわけではなかったと思う。
映画ではロンはデヴィッドよりある程度年上で、なんでもデヴィッドに教えるという役を見せていた。そして、何より、デヴィッドの才能を信じていて、必ず成功すると言い続けていた。兄テリーに関しては、実際のキャラクターに近く、一方宣伝マン、ロンはキャラクターを作り上げたという対照的なところがおもしろい。
有名楽曲が使えないことから生まれた神秘性
スーパースターになる前の、いわば下積み時代を描いた本作。全米は広く大きい。そこで新人はどのように宣伝をしていくのか。また、そのアーティストがいかにして、一枚のアルバム、コンセプトを紡いでいくのか、などふだん垣間見られないシーンを見られるような作品で興味深い。
一番のポイントは、我々は彼がその後「売れる」ことを知っているが、この時点ではボウイ本人も、宣伝マンも彼が売れるかどうか本当はまったくわかっていないということだ。まだ売れてないことの不安定さ、不安、売れるかもしれないというかすかな期待、まだ誰でもない一人の人間、アーティストの揺れ動く心が描かれた。
−−この映画はデヴィッド・ボウイのソウル・サーチンの物語だと思いましたよ。
レンジ おお、そうか、サンキュー、サンキュー。
有名楽曲が使えないという条件が引き金となり、アーティストの内面を描く方向性を掘り起こしていった。いわば「必要は発明の母」となり、それが功を奏したのが本作だ。
インタビュー・文 / 吉岡正晴(音楽ジャーナリスト)
監督 / 脚本家
ウェールズ出身の映画監督ガブリエル・レンジ。ドキュメンタリー作品を手掛けてきた彼は、映画「The Day Britain Stopped(原題)」で初めて長編ドラマ映画を監督し、英国アカデミー賞で新人監督賞にノミネートされている。2006年には自身が脚本を手掛けた『大統領暗殺』を監督し、トロント国際映画祭で国際批評家賞を受賞した他、国際エミー賞を含む5つものメジャーな賞を受賞。その他に『I Am Slave(原題)』を監督し、2010年にトロント国際映画祭でプレミア上映され、英国アカデミー賞にノミネートされている。直近ではBBCのドキュメンタリーシリーズ「This World(原題)」やソニー・ピクチャーズ・エンターテインメントのTV映画「Outlaw Prophet(原題)」などTV向けの作品を多く手掛けている。また、現在レンジは共同で『Lust for Life(原題)』の脚本を手掛けている。本作はデヴィッド・ボウイの人生のまた新たな一部を切り取った作品になっており、ボウイがイギー・ポップと共に西ベルリンで暮らした日々を描いている。
デヴィッド・ボウイがアルバム「ジギー・スターダスト」(1972)を発表する前年、初の全⽶プロモーションツアーに挑む様⼦が描かれる。誰にも理解されず、それでも⾳楽を諦めなかったデヴィッド・ボウイそしてここから、世界は彼を知る。
監督:ガブリエル・レンジ
出演:ジョニー・フリン、ジェナ・マローン、デレク・モラン、アーロン・プール、マーク・マロン
配給:リージェンツ
©COPYRIGHT 2019 SALON BOWIE LIMITED, WILD WONDERLAND FILMS LLC
10⽉8⽇(⾦) TOHOシネマズシャンテほか全国公開
公式サイト DAVIDBEFOREBOWIE.COM