——まずは『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』との出合いを聞かせて下さい。
西澤 最初は2019年のトロント国際映画祭です。僕は毎年映画祭に行って、我々が持っている劇場に合う作品を探す番組編成という仕事をしているのですが、その過程で出会った作品ですね。
——映画祭ではどのような反応だったのでしょうか。
西澤 トロントはカンヌなどと違って、一般の観客が投票するので反応もよく分かるんですが、現地でも評価は高かったようです。ただ、原題も“Sound Of Metal”なんです。メイン・ビジュアルもバンドのシーンだったので、てっきりメタル系の映画だと思っていました(笑)。でも、自分としては音にこだわった映画を探そうと思っていたこともあって、じゃあ観てみようと。
——実際にご覧になっていかがでしたか。
西澤 予想とはまったく違う内容で、かなり圧倒されました。音楽活動を主軸に生きていた主人公ルーベンが突然難聴に襲われる話です。彼にとって音を失くすということは、人生で最も大切なものの喪失を意味するんです。ショックが大きいし、それにどう向き合えばいいのかもわからない。しかも医者には「失った聴力は元に戻らない」と言われてしまう。人生で重要なものを失う経験は全ての人の人生で起こりうることです。だから他人事じゃない。ルーベンは、最初苦悩するけれど、人生は続くし、時には受け入れて前に進まないとならないことがあるんだと、彼と一緒に観客は納得できる。人間の奥底に眠る”強さ”を巧みに描いたドラマだと思います。
そのストーリーに沿って、観客が主人公ルーベンの難聴体験を自分も経験しているかの如く味わえるのが、本作の音響の凄さなんです。そもそもアカデミー賞脚本賞にもノミネートされているので、ストーリー自体が非常に良いんです。骨太の脚本に、音響や編集の効果が加わり、観客が一層話に入り込むことができる究極の擬似体験映画と言っていいでしょう。ちなみに、ルーベン役のリズ・アーメッドと彼をサポートするコミュニティのジョー役、ポール・レイシーもアカデミー賞にノミネートされていて、役者の演技も本作の見どころの一つです。
そして、この作品はとにかく音がすごいんです。最初に観た劇場がかなりいい音を出すところだったというのもあるんですが、全ての音がすごかった。音楽だけではなくて、日常の音や機械音みたいな音も聞こえてきますよね。それと無音のシーン。あれって無音だと思っていても、まったくの静寂ではないはずなんです。実際に人が話しをしたり音楽が流れていると、熱や音圧を感じることがあると思いますが、この映画では無音でもそれを感じたんです。僕はこの15年くらい海外の映画祭を回っているのですが、こんな体験は初めてでした。
——その感覚はすごくよくわかります。
西澤 『ゼロ・グラビティ』を観たときも感じたのですが、あの作品も宇宙空間での無音になるシーンも聞こえない音が流れているんですよ。身体でしか感じられない音が。こういうギミックの入った映画って、音のいい劇場でしか体感できない。『ゼロ・グラビティ』も音のいい劇場だけの公開だったし、『サウンド・オブ・メタル』もそうしているはずです。
——たしかに無音の凄さを感じられる映画ですし、そこは劇場ならではかもしれないですね。
西澤 だから観終わった後に、これってなんだろうってすごく考えたんです。満席だったからそう感じたのかもしれないけれど、確実に映画館でしか体験できない映画だなと思いました。もちろん自宅で観てもいいけれど、製作者の意図としては映画館で観るために作られた映画であるはずです。
——そのときに劇場公開を決めたのでしょうか。
西澤 僕が観たときも拍手喝采でスタンディングオベーションだったし、これは日本に持って帰らなきゃと思っていたら、早々にアマゾンさんがピックアップしてしまった。でもやっぱり話題の作品だし、日本で公開する術があるならと相談して今に至ります。
——すでに配信が始まっていても、劇場公開する意味があるということですよね。
西澤 映画そのものの出来もいい上に、これまでにない音響体験ができるということなので、間違いなく劇場ではまったく新しい感覚で観ることができるはずです。だからもし配信ですでに観ていたとしても、ヘッドホンを付けて観るのとは違うし、音響設備が整った映画館での空気を通した音響環境体験ありきということでしょうか。
——作品そのものの魅力はいかがですか。
西澤 実際、オスカーも獲っているし、コロナ禍でなければ音響設備のしっかりした大きな劇場でかかってもおかしくない作品だと思います。奇をてらった話でもないし、無理やり感動させるわけでもない。主人公のような体験をしているわけではないけれど、彼が探している出口に向かうことに対してはとても共感ができる。映画の中で、次のステップ進むために、いろんなものを手放すじゃないですか。僕も収集癖があるので、この映画を観て断舎離しましたから(笑)。あとはコロナ禍でどこに向かえばいいかわからなくて悩んでいることも多いと思うのですが、この映画のように少しでも先が見えるきっかけになればいいなと思います。あとはやはり、音響の衝撃的な体験を映画館で感じてもらいたいですね。
——ではその音響に関して、蒲さんにお話を伺います。まずはどのように本作をご覧になりましたか。
蒲 やはり音響の凄さですね。自分自身も映画館で観るべき映画だと思いました。ストーリーや映像も素晴らしいですが、音のディティールにはびっくりしました。
——今回ヒューマントラストシネマ渋谷などでは、odessa(オデッサ)という音響システムで体感できますね。
蒲 odessaでこの映画を観れば映画本来の凄さがもっとよく分かると思います。昔と違って今はどの劇場も音響にはこだわっているので、どこも音はいいのですが、音楽を聴くための音響を使っていることも多いんです。odessaはあくまでも映画のための音響システムなので、『サウンド・オブ・メタル』のような映画には合っていると思います。
——odessaの特徴をもう少し教えてください。
蒲 通常、音を良くするにはシステム自体を大きくしたり、サブウーファーで低音をしっかり出したりと様々な工夫をするのですが、odessaは単に音を良くするのではなく映画そのものの音にこだわっているんです。開発しているのも、映画の音響に携わっている方が多いので、通常の音響システムとの違いはそのあたりでしょうか。音楽に限らず、声や些細な映画的な音はリアルに再現できるので、音にこだわった映画を見るには最高だと思います。
——やはり映画館で観るべきということですよね。
蒲 odessaだけでなく、他の音響システムのある映画館で観るのもいいと思います。それぞれ違った良さがあると思うので、映画館によってまた違う音響体験ができるはずです。他の映画でもodessaで観た後に、シネマートさんのブーストサウンド上映でもう一度観るなんていうマニアの方もけっこういらっしゃいます(笑)。今回の『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』は、どこも音響設備の整った劇場での公開なので、ぜひそれぞれの良さを楽しんでもらいたいです。
インタビュー・文 / 栗本斉
撮影 / 江藤海彦