藤井道人監督と横浜流星がNetflixシリーズ「新聞記者」(2022)、カンテレによる連続ドラマ「インフォーマ」(2023)、映画『ヴィレッジ』(2023)に続いてタッグを組んだのが、サスペンス映画『正体』だ。横浜演じる主人公は死刑判決を受けたのち脱獄し、名前と人相を変えながら日本各地を流浪する。山田孝之のほか、吉岡里帆、森本慎太郎(SixTONES)、山田杏奈らとの共演作となる。
全国に指名手配された鏑木(横浜流星)は、正体を隠し、建設現場や介護施設などの職場を転々としながら、逃亡生活を続ける。それぞれの職場で彼に出会った人たちは、まったく異なる印象を持つことになる。鏑木の本当の姿は、凶悪犯なのか、それとも‥‥。
予想外の展開が続く本作の原作小説「正体」(光文社)を手掛けたのは、新鋭作家の染井為人だ。2017年に横溝正史ミステリ大賞を受賞し、2025年3月に映画化が予定される「悪い夏」(KADOKAWA)で小説家デビューを果たし、次々と野心作を発表している。ダークサイドに足を踏み入れた人々の因果関係を巧みに紡ぎ出していることから、「ノワール群像劇の旗手」とも呼ばれている。構成のうまさと抜群のリーダビリティーから「正体」は高く評価され、2022年にはWOWOWで連続ドラマ化もされている。「正体」執筆の裏側に加え、芸能マネージャーから作家に転身したという異色のキャリアの持ち主でもある染井為人の“正体”を探る。
書き進めていくうちに主人公に興味が湧いてくる
ーー脱獄事件を題材にした「正体」ですが、執筆のきっかけを教えてください。
「悪い夏」でデビューした後、「正義の申し子」「震える天秤」(KADOKAWA)とミステリ小説を発表したんですが、早く次の新作を書かなきゃいけないという状況でした(笑)。その頃、刑務所を脱走してマウンテンバイクに乗り、日本一周旅行中のサイクリストを装い、50日間近く逃げ続けた逃亡犯のニュースが話題になっていたんです。
「えっ、刑務所からの脱走って意外にできるんだ」という驚きがありました。しかも、大阪から山口まで300キロ以上も逃げ続け、行く先々で記念写真とかも残していたんです。「ちょっと運がよければ、本当に日本一周しできたかもしれないな」なんてニュースを見ながら考えていたんですよね。
ーー実話が小説執筆の動機になっていたんですね。
そうですね。その頃は凶悪犯罪を犯した未成年は、18歳なら死刑判決を下されることも話題になっていました。未成年でも死刑にされることに、驚きを覚えました。
小説と映画の鏑木は18歳のときに逮捕され、死刑判決が下されたという設定になっています。逃亡犯と未成年の死刑というふたつの要素が掛け合わさったことが、執筆のきっかけだったと思います。実は僕、あまりプロットを考えないんです。つくらないんじゃなくて、つくれないんです(笑)。プロローグを書いていた段階では、この鏑木という若者は一体何者なんだろうというところから書き始めたんです。
ーー巧妙に伏線を張り巡らせてある「正体」ですが、展開を考えずに書き進めたんですか?
だいたい、僕の小説はそんな感じです(笑)。書いているうちにだんだんと鏑木に興味が湧き、主人公像が浮かび上がってくる。僕自身が日本中を逃げ回る鏑木の“正体”を知りたいという気持ちで書き進めたんです。