どんな欲望をも受け止める松坂の佇まいがなければ映画は成立しない
──この作品に実際に携わったおふたりから見て、物語に出てくる女性の果てしない欲望についてどう思われましたか?
松坂 さまざまな欲望が描かれますけど特別なことではないと思いました。誰にでもあるそれぞれの物語だし、そこに大きい小さいもないという感覚に近いですね。
──じゃあ実際、リョウに近い感覚だったんでしょうか。
松坂 そうですね。(劇中に出てくる)おしっこを見られたい人も中には絶対いると思うんですよ。あの欲望に共感する人も共感しすぎて笑う人もいると思うし。だから特別なことではないんじゃないかな。男性にもいろいろな欲望があるだろうし。
三浦 女性がこの作品を観て後味が良いのは、その欲望を受け止めるリョウの佇まいや、松坂くんの人間性が大きいんじゃないでしょうか。人によってどのキャラクターに投影するかは違ってくると思いますが、松坂くんが真摯に受け止める姿によってそれぞれの欲望が肯定される。そしてそういう女性の欲望を知ることでリョウが成長していく物語ですから。僕自身はその欲望に対して否定も肯定もせずフラットですけど、松坂くん自身の受け止め方がやはり真摯。だから美化もしてないし、素直に受け止めているように見えると思います。女性に対して素直に受け止めているリョウを見ていると、この欲望もあの欲望もアリだなと思えるんですよね。それはやっぱり松坂くんの受け止め方なのかなと思います。
──どんな欲望をぶつけられても松坂さんのノーブルな佇まいが崩れないのがすごいなと思いました。
三浦 やっぱり「おしっこ見せてください」って真剣に言って成立する人はなかなかいないですよね(笑)。
松坂 あのシーンも笑えますよね。
三浦 あれも松坂くんの真摯さがあったからこそ成立していると思います。
──リョウのように全てを受け止めるという部分はもともと松坂さんにあるのか、それとも、舞台と映画に携わったことで多少、リョウに感化されていることもあるのでしょうか?
松坂 作品に携わったことで多少なりとも自分の中で、人間の欲望を受け止める幅みたいなものは広がったかもしれないですね。僕はリョウくんみたいに完璧じゃないというか、そんな優しい器をたくさん持っているわけじゃないですけど、他人に対しての受け止め方や器がもっと大きくなれればいいなと思います(笑)。
三浦 僕の中にはリョウ的なものはまったくないです、(リョウは)わりと別次元の人だと思っているので(笑)。僕はその人の人間性を知れば知るほど、セックスから遠ざかってしまう人で、性欲が萎えてしまうんです。その人の内面を知ることで好意を抱いたり、哀愁を感じたりはするんですけど、性欲とは繋がらないんですね。
──では知らない人がいい?
三浦 あはは(笑)。そういうことですね。まっさらな人の方が純粋に性欲は湧く――こういうことを言うと作品に説得力がなくなってしまうんですけど(笑)。でもリョウの気持ちはわかりますし、受け入れられるのはすごいと思いますから、やっぱり僕のドライな感じと、松坂くんの真摯な感じがちょうどいいバランスで作品に反映されたのかなと思います。
──奇跡のバランスですね(笑)。ありがとうございました。では最後に、otoCoto(オトコト)では皆さんの愛読書や最近、読んだおススメの本、雑誌、マンガなどをおうかがいしているので、1冊ずつ教えてください。
三浦 僕はこだまさんの「夫のちんぽが入らない」。タイトルから奇抜なものを想定するかもしれないですが、読んだ後はそのタイトルの聞こえ方が変わって、とても心に沁みてきます。すごく普遍的で切実な夫婦の物語で感銘を受けました。
松坂 僕は井上雄彦さんのエッセイ「空白」です。漫画家さんって、監督・脚本・編集はもちろん、登場人物の表情などの造形も全部ひとりで構成しているので大変だし、すごい脳みそだと思うんですよね。そこがとても興味深くて。そういう人の頭の中をちょっとのぞける感じが興味深くて面白かったです。
取材・文/熊谷真由子 撮影/中村彰男
松坂桃李(まつざか・とおり)
1988年10月17日生まれ、神奈川県出身。2011年、第85回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞、第33回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。その後は数多くの映画、テレビドラマ、CMなど多方面で活躍。2018年公開作は『不能犯』、5月12日には『孤狼の血』が待機している。
三浦大輔(みうら・だいすけ)
1975年生まれ、演劇ユニット「ポツドール」主宰。2006年「愛の渦」で第50回岸田國士戯曲賞を受賞。センセーショナルな作風で演劇界の話題をさらい続けている。映画監督としても、2010年『ボーイズ・オン・ザ・ラン』2016年『何者』など話題作を手がけ、映画『娼年』は自ら演出した演劇を映画化した『愛の渦』『裏切りの街』に続き3作目となる。
映画『娼年』
主人公の森中領は東京の名門大学生。日々の生活や女性との関係に退屈し、バーでのバイトに明け暮れる無気力な生活を送っている。ある日、領の中学校の同級生で、ホストクラブに勤める田嶋進也が、美しい女性をバーに連れてきた。女性の名前は御堂静香。「女なんてつまんないよ」という領に静香は“情熱の試験“を受けさせる。それは、静香が手がける女性専用コールクラブ、「Le Club Passion」に入るための試験であった。 入店を決意した領は、その翌日に静香の元を訪れ、娼夫「リョウ」として仕事を始める。最初こそ戸惑ったが、娼夫として仕事をしていくなかで、女性ひとりひとりの中に隠されている欲望の不思議さや奥深さに気づき、心惹かれ、やりがいを見つけていく。
映画『娼年』 脚本・監督:三浦大輔 原作:石田衣良「娼年」(集英社文庫刊) 出演:松坂桃李 真飛聖 冨手麻妙 猪塚健太 桜井ユキ 小柳友 馬渕英里何 荻野友里 佐々木心音 大谷麻衣 階戸瑠李 西岡德馬/江波杏子 配給:ファントム・フィルム R18+ ©石田衣良/集英社 2017映画『娼年』製作委員会 公式サイト:http://shonen-movie.com/
「娼年」石田衣良/集英社文庫
恋愛にも大学生活にも退屈し、うつろな毎日を過ごしていたリョウ、二十歳。だが、バイト先のバーにあらわれた、会員制ボーイズクラブのオーナー・御堂静香から誘われ、とまどいながらも「娼夫」の仕事をはじめる。やがてリョウは、さまざまな女性のなかにひそむ、欲望の不思議に魅せられていく……。いくつものベッドで過ごした、ひと夏の光と影を鮮烈に描きだす、長編恋愛小説。
「夫のちんぽが入らない」こだま/SPA!BOOKS
同人誌イベント文学フリマで販売された同人誌「なし水」に収録され、大反響だった短編集に加筆修正を加えた、自伝的小説。同じ大学に通う自由奔放な青年と交際を始めた18歳の「私」。初めて体を重ねようとしたある夜、事件は起きた。彼の性器が全く入らなかったのだ。その後も二人は「入らない」一方で精神的な結びつきを強くしていき、結婚。しかし「いつか入る」という願いは叶わぬまま、「私」はさらなる悲劇の渦に飲み込まれていく…。
「空白」井上雄彦/スイッチパブリッシング
人気漫画『バガボンド』が2010年12月に休載になり、再開した2012年3月までの間、著者井上雄彦のリアルタイムの心情を、数回にわたるロングインタビューで解き明かす一冊。休載1年半の間に様々な活動を行い、何を考え、どう変化してきたのか、自身の言葉で語り尽くされている。