──おふたりは撮影中、空き時間などに将棋を指したりということはあったんでしょうか?
松山 なかったですね。でも現場でプロ棋士の方たちも巻き込んで、詰将棋をやったんですよ。これが解けたら初段とかルールももうけて。
東出 ああ、やっていましたね(笑)。
松山 東出くんはけっこう軽々とやっていたよね。
東出 いやいやいや(笑)。村山さんの師匠の森信雄先生が有名な詰将棋作家で、森先生が直に問題を出してくれていたんですよね。
松山 大阪の将棋会館に、これが解けたら初段って書いてある詰将棋があるんですけど、撮影そっちのけでずっと考えていたスタッフさんもいて(笑)。みんなどれだけ将棋熱入っちゃってるんだっていう。
東出 今、思い返すと和やかな場面もあったんですね。
松山 おかしかったよ。みんな将棋熱に浮かされてて(笑)。
東出 僕はこの撮影をしてからさらに将棋に熱が入ったんですが、それはまだ役が抜けていないからなのか、抜いていかないといけないのかと、すごい考えているんです。
松山 僕は撮影が終わってから、あえて指してない(笑)。本当は遊びで指したいんですけど、この作品をやってからはもう遊びではなくなってしまったんですよね。
東出 (笑)。
──この難役をまさに全身全霊で演じきってみて、役者として新しい意識が芽生えたということはありますか?
松山 役者として素晴らしい役に出会えて幸せですし、感謝しています。けれどしばらく主役の映画は出来ないと思うくらい、燃え尽きちゃったところはあります。でも今後も役者を続けていくからどこかで戻していかないといけないし、村山聖という役もどこかで切り離していかないといけないので、たぶん映画が公開してから徐々にそうなっていくのかなと思います。この作品を経験したことで、改めて、自分自身の人生を大切にしようと思いました。限りある生を、他人の目を気にしたり、いろいろな情報に踊らされたりせずに、自分の気持ちを大事にして生きて、その中で誰かのために何かをすることが大事なのかなと思わせてくれましたね。この仕事の素晴らしいところは、いい意味でも悪い意味でも、自分自身に変化をもたらせてくれることだと思うんです。僕はそれを全部ポジティブに捉えて、自分の栄養にしていける自信があるし、そうしていかないといけないと思っているので、今回も素晴らしいものを村山さんからもらったと思います。
東出 今後も役者という仕事を続けていくのに光明が見えたと思います。役者という仕事は、言葉にならない宝物を得られる瞬間がある仕事だと初めて認識したというか。ただ、今後も役者を続けていくためにもこの作品を乗り越えていかないといけないと思います。
──最後に、最近読んだ本やマンガなどのおススメの1冊を教えてください。
松山 ちょうど読み終わって、さっき東出くんにあげたんですけど(笑)、『大人の直観VS子どもの論理』という脳科学の本が面白かったです。人間がどうしてこういう反応をするのか、どうしてこういう感情が芽生えるのかということが脳科学や心理学の方向から書いてあるんです。いろいろ考えたり悩んでいたことが、脳みその信号として真っ当なものなんだなという発見が出来たことで自分自身が楽になりました。子どもも子どもなりのロジックがあって行動しているということを教えてくれたのも新鮮でした。
東出 僕は中 勘助さんの『銀の匙』という本です。明治期に幼少期を過ごされた作者の自伝風の物語なんですが、それを読んで久しぶりに、昔、放課後に小学校の校庭で遊んでいた記憶が蘇ってきました。6時の鐘がなって、だんだん辺りが暗くなっていよいよボールが見えなくなるっていう頃に、ますます元気になって遊んでいたあの頃の興奮を思い出せたんです。子どもの視点に立って書かれた大人の文章として秀逸な作品だったと思います。
取材・文/熊谷真由子
撮影/三橋優美子
松山 ケンイチ(まつやま・けんいち)
1985年3月5日生まれ。青森県出身。2002年、ドラマ『ごくせん』で役者デビュー。『男のたちの大和 YAMATO』(05)で報知映画賞や日本アカデミー賞の新人賞を受賞し、若手演技派として高く評価される。『デスノート』(06)で大ブレイク。『人のセックスを笑うな』(08)、『デトロイト・メタル・シティ』(08)、『カムイ外伝』(09)、『ノルウェイの森』(10)、『GANTZ』(11)など硬軟を併せ持った幅広い作品で確かな実力を発揮。今年は『の・ようなもの のようなもの』『珍遊記-太郎とゆかいな仲間たち』『怒り』が公開。
東出 昌大(ひがしで・まさひろ)
1988年2月1日生まれ。埼玉県出身。『桐島、部活やめるってよ』(12)で鮮烈な俳優デビューを飾り、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞するなど、一躍注目を集める。『クローズEXPLODE』(14)で映画初主演。その他の主な出演作にドラマ『あまちゃん』『ごちそうさん』(ともに13)、NHK大河ドラマ『花燃ゆ』(15)、映画では『寄生獣』(14)、『GONIN サーガ』(15)、『ヒーローマニア-生活』『クリーピー 偽りの隣人』『デスノート Light up the NEW world』『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(ともに16)など多数。
『聖の青春』
重病を患いながらも、生命を削って勝負に挑み、29歳で亡くなったプロ棋士・村山聖の生涯を描く。中心となるのは西の怪童と呼ばれた村山と、東の天才として最強を誇った羽生善治の勝負。松山が「羽生さんがヒロインの純愛ストーリーだ」と言うように、羽生に追いつき、追い越そうとする聖の眼差しの熱量、対局で向き合うふたりの醸し出す抜き差しならない空気感が濃密。本作のために20㎏増量した松山は、鬼気迫る凄みを放ちながらも、淡々と清々しく聖を演じ、決して「熱演」という大げさな芝居になっていないのが素晴らしい。鑑賞後、しばらく余韻を引くのは彼の演技によるところが大きい。もちろん、羽生に扮する東出も、仕草や癖など“完コピ”しており、そっくりだと大評判。とは言え、将棋に詳しくない人でも、聖というひとりの青年の純粋さ、妥協のない生き様に魅了されること必至の感動作だ。
原作:大崎善生(角川文庫/講談社文庫)
監督:森 義隆
脚本:向井康介
出演:松山ケンイチ 東出昌大 染谷将太 安田 顕 柄本時生 鶴見辰吾 北見敏之 筒井道隆/竹下景子/リリー・フランキー
主題歌:秦基博「終わりのない空」AUGUSTA RECORDS/Ariola Japan
配給:KADOKAWA
11月19日(土)より全国公開
🄫2016 「聖の青春」製作委員会
公式サイト
http://satoshi-movie.jp/
『聖の青春』大崎善生/角川文庫刊
雑誌「将棋世界」の元編集長・大崎善生が執筆したノンフィクション小説(2000年刊行)。伝説の棋士・村山聖の生涯を、師匠・森信雄との師弟愛、ライバル・羽生善治や棋士仲間たちとの友情、彼の全てを受け入れ支えた家族との絆を通して描く。大崎のデビュー作であり、第13回新潮学芸賞、第12回将棋ペンクラブ大賞を受賞した。
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『大人の直観VS子どもの論理』 辻本悟史/岩波書店
子どもは直観で直情的、成長して大人いなると理性的で論理的になる――多くの人がそう思い込んでいることが、実は逆で、子どもの方が大人以上に論理的で、大人の方が直観的に頼っている部分が大きいということを、脳の機能と発達の仕組みからわかりやすく解説していく。著者は米国国立精神衛生研究所等にて脳と心の仕組みや発達に関する基礎研究に従事、現在は京都大学大学院情報学研究科准教授。
『銀の匙』 中 勘助/岩波書店
東京帝国大学で夏目漱石の講義を受けた作家・中 勘助が、大正2年より東京朝日新聞に連載していた自伝的小説。なかなか開かなかった茶箪笥の引き出しから銀の匙を発見したことで、主人公が自分をかわいがってくれた伯母さんとの愛情にあふれた日々を思い出す。中自身の少年時代の思い出を子どもの視点のまま素直に綴り、師匠である漱石が「未曾有の秀作」として絶賛した作品。
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