Aug 31, 2017 interview

黒沢清監督の集大成&新境地『散歩する侵略者』で描かれる“夫婦”という名の愛すべき日常

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黒沢監督の愛読書は……?

 

──黒沢作品は海外でも人気ですが、作品をつくる上で海外マーケットを意識したりするんでしょうか?

強く意識することはないですね。意識しろと言われても、どう意識していいのか皆目わかりませんし。もちろん、何となく世界の常識からあまり大きく逸脱しないようにはしているつもりです。でも、外国の人にも観てもらおうという意識では撮っていません。あくまでも日本で成立する日本映画であることが第一だと思っています。また、海外を狙うといっても、国や地域によってまるで違ってきます。日本の監督に侍や芸者などを期待する海外のプロデューサーもいるかもしれませんが、逆にリアルな今の日本が見たいというプロデューサーもいるでしょう。かつての小津安二郎、溝口健二、黒澤明も、別に海外を狙って作品を撮っていたわけではないと思います。日本の中でどうやって面白い日本映画として成立させることができるかをやってきた結果、海外の人たちも驚く作品ができたわけです。日本でクオリティーの高い作品を目指していけば、おのずと海外にも通じるはずだと僕は思いますね。

──では最後の質問です。黒沢監督の愛読書を教えてください。

僕はですねぇ……本当に本を読むのが苦手なんです(苦笑)。ルポルタージュものや昆虫の生態についての本などは好きで読むんですが、いわゆる小説はほとんど読まないんです。

──黒沢監督のオリジナル作品『ダゲレオタイプの女』(16年)は、エドガー・アラン・ポーやナサニエル・ホーソーンなどの幻想文学に近いものを感じさせましたが……。

確かに高校生ぐらいの頃は、エドガー・アラン・ポーなどの幻想文学はけっこう読んでいました。大学までは小説も読んでいたんですが、卒業してからは文学系のものは読まなくなりましたね。今、読んでいるのは『宇宙は「もつれ」でできている』という新書で、アインシュタインら科学者たちが書簡を交わし合って1960年代に量子力学を完成させるまでを描いたものです。フィクションも入っていますが、とても面白い内容です。映画の仕事とはまったく関係なく、あくまでも自分の趣味として読んでいます。すみませんね、小説のタイトルを挙げることができなくて(笑)。

 

取材・文 / 長野辰次
撮影 / 名児耶洋

 

 

プロフィール

 

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黒沢清(くろさわ・きよし)

1955年生まれ、兵庫県出身。立教大学在学中より自主映画を撮り始め、『神田川淫乱戦争』(83年)で商業監督デビュー。サイコサスペンス『CURE』(97年)で世界的な注目を集め、『回路』(00年)はカンヌ映画祭国際批評家連盟賞を受賞。『トウキョウソナタ』(08年)はカンヌ映画祭「ある視点」部門審査員賞、『岸辺の旅』(14年)は同映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞。ベルリン映画祭に正式出品された『クリーピー 偽りの隣人』(16年)、オールフランスロケ作品『ダゲレオタイプの女』(16年)も話題を呼んだ。

 

作品紹介

 

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映画『散歩する侵略者』

人類が滅亡に向かう中で一度不仲になっていた夫婦の愛が甦るという、ユニークなSF系夫婦の愛情物語。3日前に家を出ていったまま行方不明となっていた夫・真治(松田龍平)が見つかり、妻・鳴海のもとに戻ってきた。ところが真治は「僕は宇宙人なんだ」と言い出し、鳴海は唖然呆然。それでも一緒に生活するういちに、自分を頼ってくる真治に対し、鳴海は愛情を感じるようになっていく。一方、同じ町で起きた連続殺人事件を追っていたフリージャーナリストの桜井(長谷川博己)は、宇宙人を自称する若者・天野(高杉真宙)とあきら(恒松祐里)から「地球を侵略するのを手伝ってほしい」と頼まれ頭を抱えていた―。中盤までのオフビートなコメディ描写に笑いながらも、長澤まさみと松田龍平演じる夫婦が“愛”を確かめ合うクライマックスには胸を締め付けられる。原作とも異なる独自の展開から目が離せない。

映画『散歩する侵略者』
監督:黒沢清
原作:前川知大「散歩する侵略者」
脚本:田中幸子 黒沢清 
出演:長澤まさみ 松田龍平 高杉真宙 恒松祐里 前田敦子 満島真之介 児嶋一哉 光石研 東出昌大 小泉今日子 笹野高史 長谷川博己
配給:松竹 日活 
2017年9月9日(土)より全国ロードショー
(c)2017「散歩する侵略者」製作委員会
公式サイト:http://sanpo-movie.jp

 

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原作紹介

 

『散歩する侵略者』前川知大/角川文庫

前川知大が主宰する劇団「イキウメ」で2005年に初演された同名舞台をベースにした小説。海の向こうの隣国との開戦が間近に迫った小さな港町が舞台。人間の意識に入り込んだ3人の宇宙人たちが、人類の概念を次々と奪い取ることからおかしな事件が町内で多発することに。設定は映画版も原作も同じだが、ストーリー展開はそれぞれ別ものとなっている。鳴海の妹・明日美は“家族”という概念を奪われるが、実家に戻った明日美がどんな言動を見せたのかなど映画版では描かれていないシーンも多い。2017年10月から舞台の再演が決まっており、こちらも注目したい。

 

黒沢監督おススメ本

 

『宇宙は「もつれ」でできている 「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか』
ルイーザ・ギルダー、山田克哉(監訳)、窪田恭子(訳)/ブルーバックス

 

黒沢監督が高校時代に愛読した作家エドガー・アラン・ポー

 

エドガー・アラン・ポー(1809年〜1849年)は、推理小説、怪奇小説、SF小説のパイオニアとして知られる米国人作家。放蕩生活の末に40歳の若さで謎の死を遂げているが、実用化されて間もないダゲレオタイプにその独特な風貌を残している。ポー短編集には、呪われた屋敷で暮らす薄幸の兄妹を描いた『アッシャー家の崩壊』、ドッペルゲンガーを題材にした『ウィリアム・ウィルソン』などの代表作が収録されている。今なお多くのクリエイターたちに様々な影響を与え続けている作家だ。