フェイクニュースが戦争を招いた!? ロブ・ライナー監督の新作映画『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』はイラク戦争開戦時の米国メディア界の内情を描いた実録サスペンスだ。9.11同時多発テロ後のブッシュ政権は「イラクは大量破壊兵器を保有している」と断定。米国の大手メディアはこれに同調し、イラク戦争へと雪崩れ込んだ。このことに反対した新聞社は、ナイト・リッダー社だけだった。本作の字幕監修を手掛けたジャーナリスト・池上彰氏が、記者視点からの見どころと現在も進化し続けるフェイクニュースの恐ろしさについて語った。
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“悪魔の証明”に屈した大手メディア
──『スタンド・バイ・ミー』(86年)や『最高の人生の見つけ方』(07年)などで知られるロブ・ライナー監督の政治サスペンス『記者たち』を、池上さんはどうご覧になりましたか?
イラク戦争が始まった2003年、私はNHKの記者でした。9.11後のブッシュ政権は戦争へと突き進んだわけですが、「本当にイラクに大量破壊兵器はあるのか」とみんな疑問視していたんです。映画でも描かれているように、ニューヨーク・タイムズなどの米国の主要メディアが「大量破壊兵器はある」と報道し、ずるずると引き摺られるようにして悲惨な戦争が始まりました。
誰もがおかしいと思っているのに、「それなら、大量破壊兵器はないという証拠を見せてみろ」と言われたんです。これは“悪魔の証明”と呼ばれているものです。イラク側が「大量破壊兵器はない」と主張しても、「いや、どこかに隠したんだ」と米国側に反論されてしまう。その結果、米国は戦争に踏み込むことになりました。そんな状況の中で、「そもそも大量破壊兵器はあるという根拠がおかしい」と終始主張したのがナイト・リッダー社だったんです。テレビも新聞も検証できずにいたこの問題を、米国映画はきちんと検証してみせた。しかもエンターテイメント作品として。すごい映画だなぁと感心しましたね。
──取材する立場の人間として、ナイト・リッダー社の記者ジョナサン(ウディ・ハレルソン)たちに共感したわけですね。
もちろん、それもありましたし、米国の記者たちがどのような取材をしているのかも興味が湧きましたね。記者と取材相手とのやりとりは、まさにああいうことが行なわれています。「誰が言った?」と尋ねられた記者が「五角形の建物だ」と答えます。五角形の建物=ペンタゴン、つまり国防総省のことですね。日本の記者もそういった暗号的なやりとりをします。国会議員のことを「永田町」、公明党や創価学会のことを「信濃町」、共産党のことを「代々木」と呼びます。日本の記者と同じだなぁと思いました。
──イラクのフセイン大統領がオサマ・ビンラディンを匿うなんてありえないのに、米国の主要メディアが政府に同調することで既成事実へと変わっていくあたりは恐ろしさを感じました。
ブッシュ政権が、ニューヨーク・タイムズにリークしたわけです。そうでなければ、イラクにあったアルミ管をニューヨーク・タイムズが見つけて、「核兵器をつくるウランを濃縮するためのものだ」なんて記事は書けません。政権側がメディアにネタを流すことで世論を操作したわけです。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストのような大手新聞の記事になると、みんな信じるわけです。
一方のナイト・リッダー社は、地方新聞が連合した通信社としての機能を持った中堅新聞社でした。米国にはAP通信や経済に強いブルームバーグなどの通信社がありますが、それとは別にナイト・リッダー社は自分たちで独自の取材ができるようにワシントンやニューヨークに支局を置き、傘下の地方新聞に記事を配信していたんです。ところが傘下の地方新聞はそれぞれ独自に編集権があることから、「イラクに大量破壊兵器がある証拠はない」という記事を掲載しようとしません。ロブ・ライナー監督自身が演じている編集局長は、それで激怒しているんですね。