『ゆれる』や『夢売るふたり』など、常に観る者の心に強烈に訴えかける作品を生み出す俊英・西川美和の最新作『永い言い訳』。妻を亡くしても自意識とプライドに凝り固まって涙を流せない主人公・幸夫を繊細に体現した本木雅弘に対し、ストレートな感情表現で幸夫に影響を与えていく大宮陽一を無骨かつチャーミングに演じた竹原ピストル。圧倒的存在感を放つ竹原と、そんな彼を“魂の人”と呼ぶ西川美和監督の対談が実現!
面談で西川監督の心を揺り動かした竹原の言葉とは
──西川監督は『蛇イチゴ』では宮迫博之さん、『ディア・ドクター』では笑福亭鶴瓶さんという、いわゆる役者が本業ではない人をキャスティングして、それがいつもピタリとハマっていますが、本作ではミュージシャンの竹原さんを起用されていますね。
西川 本木さんが最初に出演が決まったので、大宮陽一には本木さんが手にしていない人生を歩んでいる人がいいなと思ったんです。……私、こういう話を竹原さんにしたことありましたっけ?
竹原 いえ、初耳です。
西川 本木さんは俳優としてのキャリアも知名度も国民的なレベルの方ですよね。そんな本木さんが演じる幸夫の生活圏内に全くいない人で、関わる理由もない生き方をしているのが、トラック運転手の大宮陽一。何もなければ、幸夫にとってはコンプレックスさえ感じる天敵みたいな相手なんです。小説家というある意味での“虚業”を生業にする幸夫にとって、陽一はこの人には叶わないと思ってしまう“実業”の人。だから映画の中で本木さんとは正反対の存在感の人がいいなと思っていました。
竹原 なるほど。
西川 イメージとしては、阪本(順治)監督の『どついたるねん』の、ボクシングを辞めた直後の赤井英和さんのような。お芝居の技術以上に、その人が持っている圧倒的な存在感や身体性を求めていたんです。陽一は何か感情が動けば頭で考える前につい手が上がってしまうとか、意図せず大きい声がドーンと出てしまうような人で、内向的で観念的な幸夫にはそういう部分が一番欠落しているわけです。まぶしくもあり、自分の弱さを目の当たりにさせられる怖い存在でもある。だから元ボクサーとかだったら説得力があるなあと考えていたんです。
──竹原さんを起用されたのはオーディションだったとか。
西川 オーディションというよりは面談というか。竹原さんは熊切(和嘉)さんの作品(『青春☆金属バット』、『海炭市叙景』)でも俳優をされているのを観ていたので、候補に挙げさせてもらって。面談に来られた時のことって覚えていますか?
竹原 けっこう覚えています。面談より前のことから遡って話すと、マネージャーに西川美和監督の最新作のとある役柄の候補に挙がっていると言われて、どの役なのか全く知らないまま準備稿を読んだんです。劇中、大宮陽一の初登場シーンは「会議室で咆哮を上げて果物を投げる」なんですが、準備稿ではそこは「陽一」ではなくただ「男」とだけ書かれていたので、まさかこの男と陽一が同一人物だと思っておらず、ああ、俺はこの会議室でギャーギャーわめく男の候補に挙がっているんだと思っていたんです。
西川 え、じゃあ、その後、一切出てこないと思って読んでいたんですか?(笑)
竹原 はい!(笑) でも、面と向かって言うのは恥ずかしいですけど、とにかく準備稿を読んで、視点の鋭角さや人間のわずかな感情の隙間を縫って痛いところにストンと来る感じが素晴らしくて感動して。で、マネージャーにどの役の候補なのかを聞いたら、大宮陽一だと言われて、これは無理!と思ったんですよ。だって、こんなめっちゃ大事な役だし、泣くシーンが3つもあるし、絶対難しいじゃないですか。だから、どうせ他の候補の方に決まるだろうけど、俺はこの話を書いた人に会ってみたいと言って、面談に参加するに至ったんです。
西川 そうだったんですか!(笑)
竹原 面談のことではっきり覚えているのは、後半に「ノコノコと来てしまってすみませんでした」と謝って、帰ったことですね。
西川 私の記憶と全然違います(笑)。
竹原 えー! 逆に気になります。
西川 私の記憶では、面談中にご家庭はどうなのかとかお子さんはいらっしゃるのかとか、演技とはあまり関係ないお話をいろいろと聞いたんですが、途中で、竹原さんがシナリオを読んですごく感動したと言ってくださって。で、「お芝居のことはわからないから、一挙手一投足教えていただかないといけませんが、もし、この役をやらせてもらえた暁には人生を懸けて全力でやらせていただきます。頑張ります」って。
竹原 そうでしたか(笑)。
西川 そこまでストレートなことを、いわゆるキャスティング前の面談で俳優側から言われることってあまりないんですよ。オーディションや面談の時は、お互い、ちょっと牽制しあいながら話して、俳優側は期待しつつ、その期待を匂わせずに帰り、こちらもいいなと思いつつも、そんなことは出さずに「お疲れさまでした」って終わるというのが通例なところを、竹原さんはズバーッとストレートを投げてこられたんですよね。
竹原 正直、そういうふうに監督に言った記憶はないんですけど、監督のお話を聞いていたら、自分なら言うだろうなと思いました(笑)。でも、僕も、「俺にはできねえぞ」と思っていたんですけど、お会いしてみてすごく楽しかったから参加してみたいって気持ちになって、ストレートに気持ちを口にしたんだと思います。
西川 そのストレートさは、場数を踏んだ俳優からは絶対に出てこないし、人柄がそのまま大宮陽一に近いなと感じたんですよね。でも、やっぱり竹原さんは詞を書く人だし、大宮陽一の持つ言葉やメンタルとズレているところはもちろんあって。リハーサルを続けていく途中で、「陽一ってここまでアホなんですね」って言っていたことがありましたもんね。
竹原 ありました(笑)。
西川 だから竹原さんと陽一は全然違うんだけど、例えば自分の思ったことをきちんと言葉にして相手に伝えるとか、そういう面で私や本木さんが躊躇してウロウロするだろうところを、竹原さんはポンと乗り越えてしまうようなところがあって。そこが陽一と近いなと思いましたし、竹原さんにしない理由が見つからないよねという話は、面談の後、スタッフ全員で言っていました。
竹原 めっちゃ嬉しいッスね。
──今回、原作小説の方を先に書かれていますが、もちろん映画化を念頭に置いていたと思います。小説を書かれている時から、陽一には元ボクサーみたいな人がいいなと考えていたのでしょうか?
西川 いえ、小説を書いている時は誰にしようかとかほとんど思わないので、何も考えずに書いていました。書き終わってからどうしようかなと考えた時に、元ボクサーとか格闘家みたいな人がいいなと思ったんです。でも竹原さんがボクシングをやられていたのは、たまたまですね。