ビートルズと手塚治虫は相性がいい?
──「otoCoto」ではクリエイターのみなさんに、愛読書や読書スタイルについてお聞きしています。村上さんは物心ついたときから、面白い音楽や本に囲まれていたんじゃないでしょうか?
村上 そうですね。でも、本を読むようになったのは遅かったんです。活字を読むのが苦手で、漫画をよく読んでいました。長い文章があると、漫画でも飛ばして読んでました(笑)。読書は詩集から入ったんです。谷川俊太郎さんの詩を読むようになって、それから寺山修司さん原作の舞台『書を捨てよ町へ出よう』に出ることになって、寺山さんの詩も読むようになりました。寺山さんの詩はあまり理解はできないけど、「すごい」とは感じました。岡本太郎さんの詩も読みました。好きな作家は原田宗典さん。文章が好き。『吾輩ハ苦手デアル』はエッセイ集なんですが、すごく自虐的な内容で面白かった。活字でやっと面白い本に出逢えました。
──ボブ・ディランのアルバムを聴きながら、『NARUTO ナルト』を読むそうですね?
村上 はい(笑)。漫画って映像に近いところがあるから、BGMがあるといいと思うんです。僕の中でいちばんメジャーなのは、ビートルズを聴きながら手塚治虫のコミック集を読むこと。ボブ・ディランを聴きながら『NARUTO』を読んでいた時期もありました。『武曲』をやっていたときは、『バガボンド』を読み直していました。やっぱり気分がアガります(笑)。
熊切監督が本気で映画化したい小説
──熊切監督の読書スタイルはどうでしょうか。佐藤泰史原作の『海炭市叙景』(10年)、瀬戸内寂聴原作の『夏の終り』(13年)、芥川龍之介原作の深夜ドラマ『魔術』(10年)……と文芸作品の映像化が多い。かなり本を読まれていますよね。
熊切 いや、それほどではありません。よく図書館に出掛けて、気になった本を借りてきては読むんですが、途中で作者のまなざしに反感を覚えると最後まで読まずに返すこともあります。失礼ですよね(苦笑)。映画にしたい題材を探すというよりは、例えば何か一つ気になるテーマなり事件なりを見つけたとしたら、それを題材にした小説やノンフィクションなんかをまとめて読むという感じです。でも、純粋に面白くて、仕事とは関係なしに読んでいることの方が多いです。好きな作家は吉村昭さん。対象を突き放したような硬質な文体がすごく好きなんです。今村昌平監督の『うなぎ』(97年)の原作になった『闇にひらめく』『仮釈放』もいいですし、特に『羆嵐』は北海道が舞台なこともあって、いつか映画化したいなと考えているんです。
──『羆嵐』は大正時代に北海道で人食いグマに開拓民が襲われ、7名が亡くなった実在の事件を描いたノンフィクション小説。巨大なヒグマを実写でどう描くかがネックですが、映画化されれば日本映画ではかつてなかったタイプのパニック映画になりますね。
熊切 そうですね。レオナルド・ディカプリオ主演の『レヴェナント:蘇えりし者』(15年)はディカプリオが熊と格闘するシーンがあったので、特にあのシーンは夢中になって観ましたね(笑)。あのくらいのCG技術があれば、『羆嵐』も充分映画化することは可能なんですが、日本ではあのレベルのCG技術はまだ難しいかもしれません。でも、『羆嵐』はぜひ映画化したいですね。
──フランス留学中にハマった本などあれば、そちらも教えてください。
熊切 留学中はパリの移民街で暮らしていたんですが、そのときに読んだエミール・アジャールの『これからの一生』が印象に残っています。パリの移民街が舞台なので、実感をともなって読むことができたんです。最初から最後まで孤児であるアラブ人少年の語り口で書かれているので、何とも言えない「おかしみ」がずっと漂っているんですが、後半になるにつれ、その語り口の奥に見え隠れする切実な想いに強く胸を打たれましたね。
取材・文/長野辰次
撮影/吉井明
熊切和嘉(くまきり・かずよし)
1974年生まれ、北海道帯広市出身。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。卒業制作『鬼畜大宴会』(98年)が「第20回ぴあフィルムフェスティバル」でグランプリを受賞。北海道ロケ作品『空の穴』(01年)で劇場デビュー。主な監督作に『ノン子36歳(家事手伝い)』(08年)、『海炭市叙景』(10年)、『夏の終り』(13年)など。浅野忠信、二階堂ふみが主演した『私の男』(14年)はモスクワ映画祭で最優秀作品賞&最優秀男優賞の2冠に輝いた。新進芸術家海外研修制度の研修生として2014年12月からフランスに1年間留学。帰国後、映画『ディアスポリス -DIRTY YELLOW BOYS-』(16年)を監督。
村上虹郎(むらかみ・にじろう)
1997年生まれ、東京都出身。河瀨直美監督の『2つ目の窓』(14年)に主演し、俳優デビュー。2015年にはスペシャルドラマ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(フジテレビ系)に主演、また舞台『書を捨てよ町へ出よう』でも主演を務めた。主な出演映画に『忘れないと誓ったぼくがいた』(15年)、『ディストラクション・ベイビーズ』(16年)など。『二度めの夏、二度と会えない君』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』『Amy said』が今秋公開予定。
『クローズZEROII』(09年)や『新宿スワン』(15年)などでキレのいいアクションを見せてきた綾野剛と剣道有段者である村上虹郎がガチで剣道対決した格闘ロマンムービー。“剣道の鬼”と呼ばれる父親(小林薫)から幼い頃から厳しく鍛えられ続けた研吾(綾野剛)は母親が亡くなった数年後、父親と木刀で立ち会い、病院送りにしてしまう。父親を植物人間状態にしてしまった呵責から、研吾はアルコール依存症に。人生のドン底にいた研吾だったが、引き寄せられるように高校生の融(村上虹郎)と出逢う。剣道初心者だが天性の剣士としての才能を持つ融は、研吾に果たし合いを挑む―。剣道に興味がない人でも、ほんのりBLテイストの入った青春ドラマとして楽しめる内容だ。2人が対決するクライマックスシーンは墨汁の雨が降り、黒く染まりながらも無心になって激突する男たちの熱い姿に魅了される。
映画『武曲 MUKOKU』
原作:藤沢周『武曲』(文春文庫刊)
出演:綾野剛 村上虹郎 前田敦子 風吹ジュン 小林薫 柄本明
監督:熊切和嘉
脚本:高田亮
音楽:池永正二
配給:キノフィルムズ
2017年6月3日全国ロードショー
©2017「武曲 MUKOKU」製作委員会
公式サイト:mukoku.com
『武曲』藤沢周/文春文庫
『ブエノスアイレス午前零時』で芥川賞を受賞した藤沢周による21世紀の剣豪小説。熊切和嘉監督(脚本は高田亮)は原作のエッセンスを巧みに映画化してみせているが、ラップが好きな融が剣道の世界に惹かれるきっかけとなる「守破離」「三殺法」「殺人刀」など難読熟語は、説明のある小説のほうがさすがに理解しやすいだろう。また、映画では融と研吾の私闘シーンがクライマックスとなっているが、原作小説では私闘を体験した後の融が剣道一級試験の実技で他校の生徒たちと竹刀を交え、さらなる剣の高みへと昇っていくエピローグが続き、心地よい読後感を与えてくれる。
-熊切和嘉監督の愛読書
『羆嵐』吉村昭/新潮社
日本獣害史上最悪の事件とされる、北海道天塩山麓の開拓村で7名の男女がヒグマに喰い殺された「三毛別羆事件」を題材にしたノンフィクション小説。人間の肉の味を覚えた巨大ヒグマと討伐隊との壮絶な戦いが、緻密な取材を重ねることで知られた作家・吉村昭の研ぎ澄まされた文章によって克明に描かれている。羆嵐(くまあらし)という題名の由来が明かされるラストシーンまで、一気に読ませるスリリングな内容だ。ヒグマと一騎打ちする老猟師を、1980年に放映されたテレビドラマ版では三國連太郎、同年にオンエアされたラジオドラマ版では高倉健が演じている。
-村上虹郎の愛読書
『吾輩ハ苦手デアル』原田宗典/新潮文庫
軽妙な文体のエッセイや小説、劇団「東京壱組」の座付き作家として人気を博した原田宗典。32歳のときに執筆した本作では、キス、ナンパ、面接、鮨屋、メカ、ディスコ……など自分が苦手なものを挙げ、苦手になった理由や失敗談をユーモアたっぷりに綴っている。本作が出版されたのは1992年で、バブル経済が崩壊する直前の日本社会全体のテンションの高さも伝わってくる。どのエピソードも読みやすい文量なので、「本を読むのは苦手」という人でも、喉ごしのよいソーメンみたいにツルツルとお腹に入っていきそう。
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