綾野剛vs.村上虹郎の剣道対決はラブシーンだった!
──帰宅部だった融は、剣道師範の光邑雪峯(柄本明)から突出した生存本能を見出され、剣道を始めることに。研吾との対決シーンは物凄い迫力。2人に降り注ぐ黒い雨が強烈な印象を与えます。
熊切 クライマックスの対決シーンは、暴風雨の中で2人を闘わせるだけでも大変だったんですが、それに加えて2人の過去のトラウマも押し寄せて、グチャグチャになっていくイメージで撮ったんです。それで墨汁を使って、黒くて重い雨を降らせました。当初は、二人の世界が泥流にまみれて、モノクロになっていくというようなイメージを持っていました。それを後処理ではなく現場でやるという(笑)。さすがにモノクロにはなりませんでしたが、かなり異色なシーンに仕上がったと思います。
村上 あのシーンは3日間がかりでした。僕は2日間でしたが、夜7時くらいからスタンバイして、夜9時から撮影が始まって、翌朝の明るくなるギリギリまで撮影したんです。「いつまで続くんだ」と肉体的にはつらかったけど、でも精神的にはすごく楽しかったですね。また、やりたいです。
熊切 2人の対決シーンを観て、ラブシーンみたいと思ってもらえたら、うれしい(笑)。黒い雨に打たれて真っ黒に染まりながらも、どこか2人が輝いて見えるといいなと思っていましたから。2人の魂が喜びあっているようなシーンにしたかったんです。
村上 撮影期間中はなるべく綾野さんには話し掛けないようにしていたんですが、対決シーンでは綾野さんにかなり助けられました。剣道に関しては僕のほうがキャリアがあるし(※村上虹郎は剣道初段)、若い分だけ身体も動くと思っていましたけど、綾野さんはアクションものをやってきた豊富な経験があるので、そこはうまくリードしてもらいました。絶対にいいシーンになるなと分かっていたので、竹刀を持って庭に入っていく段階から、ゾクゾクしました(笑)。
──ラストシーンで見せる綾野剛の筋肉美もすごい!
熊切 アルコール依存症だった研吾が、精神面だけでなく、身体的にも回復していることを台詞なしで表現したかったんです。俳優の肉体で表現する映画にしたいと綾野くんに伝えたところ、「分かりました」とこちらが考えている以上に鍛えてきましたね。それに加え、撮影現場にまでトレーナーに来てもらい、撮影直前に短時間に集中して筋トレすることで、パンプアップした肉体に仕上げたんです。横で見ていた僕も驚くほどの変貌ぶりでした。
村上 僕は綾野剛さんの出演作では、『横道世之介』(13年)と『怒り』(16年)が大好き。どちらも綾野さんはゲイの役なんですけどね。多分、綾野さんは「マイノリティーの役だ」という言い方をすると思います(笑)。僕が個人的に好きなのは、女々しい役をやっているときの綾野さん。今回は、すごく男臭くて、でも女々しさもある役。それが綾野さんの魅力だと僕は思うんです。年下の俳優からこんなこと言われても、綾野さんは複雑でしょうけど(笑)。
表現者が乗り越えなくてはいけない壁とは?
──“親殺し”も禁断のテーマですが、現代社会においては生死を懸けた“決闘”も許されていない行為。熊切監督、村上さんは「こいつにだけは負けたくない」と感じた体験はありますか?
熊切 難しい質問ですね。僕が村上くんぐらいの年齢のとき、そんな想いをしたことがあるかなぁ……。忘れちゃいましたね(笑)。
村上 監督は北海道出身でしたっけ?
熊切 そう。18歳まで北海道暮らし。高校の頃から自主映画を作り始めて、大阪芸大に進んだ。そう考えると、僕にとっては映画を作ることが大きな壁だったのかもしれない。それは今も続いていて、新しい映画を撮ることが常に大きな壁として立ち塞がっている印象がある。毎回、どうすればいいんだろうと悩んでいます。自分ひとりの力では到底どうにもならないので、スタッフやキャストみんなの力を借りて乗り越えている感じですね。
村上 僕の場合、乗り越えなきゃいけない壁は自分自身かな。このお仕事をやっているからなのかは分かりませんが、両親が2人とも表現者(母親は歌手のUA、父親は俳優の村上淳)だということは大きな要因になっていると思います。今回演じた融役もそうですが、自分の思考の行く着く先は、いかに生きるかを知りたいということ。普通に考えれば、今の日本ではあまり死を意識することはない。あまり死を身近に感じられずにいる自分がいるんです。それが怖いというか……。これだけ情報が溢れている現代社会で、誰かが言った言葉ではなく、本当に自分が言いたい言葉はどれなのかが分からなくなる。でも、邪念って面白いなぁと思います。邪念がなければ、物語も作れないと思うし、生きていても面白くないというか、人間的じゃないと思うんです。自分との闘いだから、永遠に勝負はつきそうにないですね(笑)。