『ケイコ 目を澄ませて』は、聴覚障害と向き合いながら実際にプロボクサーとしてリングに立った小笠原恵子さんをモデルに、彼女の生き方に着想を得て、『きみの鳥はうたえる』の三宅監督が新たに生み出した物語。
ゴングの音もセコンドの指示もレフリーの声も聞こえない中、ケイコを秀でた才能を持つ主人公としてではなく、不安や迷い、喜びや情熱など様々な感情の間で揺れ動きながらも歩みを進める等身大の一人の女性として描き、彼女の心のざわめきを16mmフィルムに焼き付けた。
2022年2月、ベルリン国際映画祭でプレミア上映されると「すべての瞬間が心に響く」「間違いなく一見の価値あり」と熱い賛辞が次々に贈られ、その後も数多くの国際映画祭での上映が続いている。
主人公・ケイコを演じた岸井ゆきのは、厳しいボクシングのトレーニングを重ね、対話しながら作り上げた本作で新境地を切り開いた。
彼女はこの作品と、どう向き合って演じたのか、彼女の小さな身体から溢れる映画愛を感じてほしい。
ボクシングで築いた関係性
ーー 聴覚障害のボクサーの役を演じると聞いたときは、どう感じましたか?
最初にお話を頂いたのは随分前だったんです。当時は監督も脚本も撮影日も決まっていなくて、こういう企画があって、主演は岸井さんです。という形だったので、突然の大役を任されたという印象で不安でした。
加えて、ちょっとした運動としてキックボクシングの経験はありましたけど、ボクシングを映画で見せなければいけないことへのプレッシャーもありました。もう何もかもが初めてで動揺していましたね。
ーー 3カ月間、本格的にボクシングの練習もされたとうかがいました。
そうですね。練習前に監督が決まり、一緒に練習をする中で脚本もどんどん変わっていきました。
画を決めたかったこともあると思いますが、その3カ月間、監督は何度も来てくださいました。あと、私がどんなトレーニングが得意なのかを確認していました。
映画の中にも出てくるコンビネーションミットは、特に私が得意とするトレーニングなんです。トレーナーであり出演者である松浦さんとだけではなくて、監督とも「これは撮影に取り入れよう」と練習の時点で話始めていました。
ーー 撮影シーンの練習をしたのではなく、ボクシング自体を練習するなかで、岸井さんが得意な部分をシーンに入れたということですか?
そういう部分もあります。縄跳びも「ボクサー飛び」っていう特殊な飛び方を練習するんですけど、すごく難しくて最初本当に出来なくて‥‥800gもあって重いし。
最初は「これはヤバい、出来ないよ!」とか言いながらやってたんですけど、みるみるうちに出来るようになって、「これも入れよう!」みたいになったんです。でもジムのシーンで縄跳び1回も飛んでなくて‥‥。
ーー あれ、そうでしたか?
いや、映画の中では飛んでるんです。撮影中に1回も飛んでなくて「あれ? 縄跳びって撮らなくていいんですか?」って私から言って、撮ってもらったシーンなんです(笑)。
実は縄が映らないんです、フィルムでも撮ってもデジタルで撮っても。松浦さんは数々のボクシング映画のトレーナーをされてるので「ある映画では柄だけ持って飛んでないのもある」っておっしゃったんですけど、「そんな、ここまで練習して‥‥映んないから飛ばないってことないですよ」って、私が(笑)。
そうして一応、撮ってもらったシーンが、完成したときに使われたので感激しました。申告制だったけど言っておいて良かったなと思いました(笑)。
ーー 松浦さんとはトレーナーとしてもずっと関わられていたので、映画の中でも近い関係に感じたんですけど、監督ともそうだったんですね。
はい。しかも見学ではなくて、ご自身もトレーニングを経験するというやり方で一緒にいてくださいました。クランクイン前に、監督とたくさんコミュニケーションを取る時間を、普通はあまり取れないので、とてもありがたかったです。
ボクシングの練習の合間で、どうしたら上手になれるかとか、強くなれるかとか、監督とお話しさせて頂く中で、どんなものにしたいかというのは分かっていきました。その頃にはもう不安より楽しみの方が強くなっていました。
あとやっぱり、とにかく私は映画が好きなんです。自分が俳優だからということではなく映画が大好きで、監督も、もちろん映画大好きだから、そういう共通言語を通して、いろんな話をさせて頂いてクランクイン前にはもう信頼関係は築けていたなと思います。