Sep 16, 2016 interview

映画『怒り』公開直前インタビュー(前編)
「答えが分からないもののほうが面白いし、意欲が湧いてくる」人気プロデューサー・川村元気が語るヒット作を生み出す秘訣

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『怒り』の豪華な顔ぶれはこうして決まった

 

――豪華なキャスティングですが、とりわけ物語のキーパーソンとなる綾野剛、松山ケンイチ、森山未來の3人の配役が秀逸です。

川村 顔が似ていることが第一条件でした。指名手配の写真に、3人とも当てはまらないと成立しませんから。あと、3人の役は誰でもありえる俳優を選んだつもりです。松山ケンイチくんがゲイの役をやるのもありだし、沖縄に行くのもありだなと。綾野くんもしかりです。

 

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――確かに森山未來、綾野剛、松山ケンイチの3人は優れた表現者であると同時に、どこか“心の闇”も感じさせます。

川村 ちょっとした間の取り方とかも普通の人と違うんですよね。間の変な人に出逢うと怖くありませんか?そんな3人を選んだつもりです。松山ケンイチくんとは『デトロイト・メタル・シティ』でも組みましたが、現場にいるときに何を考えているのか、まるで分からない感じが面白かった。綾野剛くんとは初めてですが、彼が主演した『そこのみにて光輝く』がすごく良かった。彼がゲイ役をやったら、面白いだろうなという興味がありました。

 

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――川村プロデューサー自身が、彼らの芝居を見たかったわけですね。

川村 そうです(笑)。僕自身が見てみたいものを、自分の企画の中に放り込んで楽しんでいます。でも、何が起きるのか分からない企画のほうが面白いし、それは『悪人』で李監督から教わったことでもあるんです。今回、宮﨑あおいさんが風俗嬢の役で出演しているんですが、原作ではふっくらとした女性なので、宮﨑さんのイメージではないんです。李監督が「宮﨑あおいがいい」と言ったときは、僕は不安もあったのですが、出来上がった映画を観たら、いちばん跳ねた役になっているのが宮﨑さんなんです。でも、何が起きるのか分からない状況で撮影するという冒険に挑めたのは、渡辺謙さんという大きな存在があったから。渡辺さん、自分で「俺は文鎮だ」とおっしゃっていましたが(笑)、まさに良い重しになっていただいたと思います。

――2015年8月〜10月にわたって撮影が行われた『怒り』のロケ現場に、川村プロデューサーはほとんど顔を出さなかったそうですね。

川村 僕は撮影現場には行かないようにしています。『悪人』のときは、妻夫木聡さんが満島ひかりさんの首を締めるシーンのロケ撮影に立ち会いましたが、その1シーンを撮るために李監督は三日三晩要したんです。それ以来、特に李組の撮影現場には近づかないようにしています(笑)。多分、普通のプロデューサーなら、李組の撮影現場を見てしまうと恐ろしくなると思うんです。「これでは撮影が終わらない」「製作費が足りなくなってしまう」とか、いろんな不安がもたげてくると思うんです。その点、李監督はその部分の回路がうまく切れている(笑)。周囲の心配に左右されずに、最後まで撮り切ってしまう集中力の持ち主なんです。僕が今まで組んできた監督の中で、いちばんタフですね。

――そんな李監督だから、今までにない映画を撮ることができたわけですね。キャストも監督も普通じゃない人と組むほうが面白い?

川村 いや、理解はできないですよ。李監督は広瀬すずさんの最初のシーンで70テイク繰り返し、結局カメラは回さなかったんです。普通の人なら「1テイク目と70テイク目はどう違うんだ?」と思うはずです。でも、最初のシーンで70テイク重ねることで、最終的に出来上がったものは大きく変わってくるんです。そのシーンがどう変わるということよりも、そのシーンを演じる俳優が変わってくるんです。李監督はその人が変わるのをちゃんと待てる人。普通は待てませんよね。僕にも李監督の撮影に対するこだわりは理解できないときもある。でも、僕は、そういうことを何となく面白がれる性格なんです(笑)。その性格のお陰で、ここまでやってこれたように思います。撮影現場に僕は近寄らないようにしていますが、その分だけ編集作業は、みっちりと参加します。僕は撮影現場を見ていない分、観客の視点でフラットに意見を言おうと思っています。脚本段階と編集作業に関しては、監督との関係はイーブンでなくては、プロデューサーとしての自分の存在価値はないと思っているんです。

 

取材・文/長野辰次
撮影/名児耶洋

 

 

Profile

 

川村元気(かわむら・げんき)

1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、2001年に東宝入社。2005年に映画『電車男』を企画・プロデュース。2008年『デトロイト・メタル・シティ』、2010年『告白』『悪人』、2011年『モテキ』、2015年『バクマン。』、2016年『君の名は。』をプロデュースし、それぞれ大ヒットを記録。初めて執筆した小説『世界から猫が消えたなら』は130万部を越えるベストセラーとなり、映画化された。公開待機作として、朝井リョウ原作、三浦大輔監督による映画『何者』(10月15日公開)がある。小説第2作『億男』(マガジンハウス)山田洋次、宮崎駿、坂本龍一らエンターテイメント業界の第一人者たちとの対談集『仕事。』(集英社)、養老孟司、川上量生ら理系人との対談集『理系に学ぶ。』(ダイヤモンド社)、ハリウッドの巨匠監督たちとの架空対談集『超企画会議』(KADOKAWA)などの著書も多い。小説第3作『四月になれば彼女は』(文藝春秋)が11月に発売予定。

 


 

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映画『怒り』

殺人を犯した後、整形手術を施して全国を縦断するように逃亡生活を送った市橋達也事件。この事件に芥川賞作家・吉田修一が触発されて書き上げたのがミステリー小説『怒り』だ。上下巻にわたる大長編である上に、東京・沖縄・千葉に指名手配写真によく似た3人の男がそれぞれ現われ、独自のドラマが同時に展開していくというユニークな構成となっている。3本分の映画の情報量があるこの原作を、李相日監督は3つのエピソードを高濃縮化することで1本の骨太な群像劇へとまとめ上げた。綾野剛、森山未來、松山ケンイチが演じる容疑者たちの誰が本当の犯人なのかという謎解きの面白さだけに終わらず、自分を受け入れてくれる居場所を求めて、さまよい続ける容疑者たちの姿が深い余韻を与える。デビュー作『青 CHONG』で朝鮮学校、クリント・イーストウッドの名作を大胆にリメイクした『許されざる者』でアイヌ問題に触れた李監督が、本作では沖縄の基地問題を物語の背景として描いている点にも注目したい。

原作/吉田修一 
企画・プロデュース/川村元気 
音楽/坂本龍一 
脚本・監督/李相日
出演/渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、佐久本宝、ピエール瀧、三浦貴大、高畑充希、原日出子、池脇千鶴、宮﨑あおい、妻夫木聡 
配給/東宝 
9月17日(土)より全国ロードショー
(c)2016 映画「怒り」製作委員会

公式サイト
http://www.ikari-movie.com/

 

 

 

関連書籍はこちら

 

『怒り』 吉田修一/中央公論新社

悲惨な殺人事件の現場には、犯人が書いた血染めの「怒り」という二文字が残されていた。犯人は一体どんな怒りを抱えていたのか? 序盤からぐいぐいと物語世界に引き込ませるが、怒りをめぐる3つの物語が進むにつれ、他人を信じることができない哀しみや自己嫌悪といった現代人が抱える業、さらには絶望と再生という様々な感情が呼び起こされていく。上下巻という大長編小説ながら、作者の筆運びが冴え、クライマックスまでいっきに読ませてしまう。吉田修一は、大の映画マニアとしても有名。『悪人』を見事に映画化してみせた李監督と川村プロデューサーなら、映画化が難しいこの原作小説をどう料理してみせるのか楽しみで仕方なかったに違いない。

 


 

『パレード』 吉田修一/幻冬舎

山本周五郎賞を受賞した吉田修一の初期代表作。2LDKのマンションでルームシェアしながら暮らす5人の男女の群像劇。若者たちの爽やかなオムニバス青春小説のように思わせながら、一緒に暮らすルームメイトたちにも自分の本音はいっさい明かすことのない現代人の哀しみや空虚さが行間から滲み出ている。主人公たちが抱える癒されることのない孤独感は、その後の『悪人』や『怒り』に繋がるものだろう。2010年に行定勲監督によって映画化され、ベルリン映画祭国際批評家連盟賞を受賞している。

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『理系に学ぶ。』 川村元気/ダイヤモンド社

映画プロデューサーながら、売れっ子作家でもある川村元気氏が今年4月に上梓した対談集。Perfumeのステージ演出を手掛けたメディアアーティストの真鍋大度、『スーパーマリオ』などの人気ゲームで世界を熱狂させた任天堂専務取締役の宮本茂、ニコニコ動画の生みの親・ドワンゴ代表取締役会長の川上量生ら理系脳の持ち主たちとの業界の枠を越えたフリートークが交わされている。解剖学者・養老孟司が語る「メンデルの法則は噓だったらしい」「世の中の2割くらいは間違っていると考えたほうがいい」など理系に苦手意識がある人間ほど“目から鱗”級のお宝発言をざくざく発掘することができるはずだ。

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