Aug 20, 2019 interview

男女間のモラルは「考えたことがない」―『火口のふたり』原作者・白石一文の素顔

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一度読んだ本の内容はすべて覚えていた

――愛読書や影響を受けた作品を教えていただければと思います。白石さんの父親は歴史小説で知られる白石一郎氏。子どものころから本に囲まれた環境だったのではないですか?

そうです。字を読むようになるのは早かったです。なので、絵本を読んだ記憶がありません。小学校に入ったころには、シェイクスピアの『真夏の夜の夢』、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』などを読んでいました。多分、内容は分かっていなかったと思いますが。『アルジャーノンに花束を』の主人公の気持ちが、僕はすごく分かるんです。早熟で小学生の低学年のころはすごく本を読んでいたけど、小学校4~5年でだんだんと同級生たちに追いつかれました。若いころは記憶力も良くて、一度読んだ本の内容は忘れなかったし、一度誰かが話したことはずっと覚えていました。気持ち悪がられるので忘れたふりをしていたほどです。でも、最近は本をあまり読まなくなりましたし、記憶力もずいぶん衰えてしまいました。

―― 一度聞いたことをすべて覚えているって、すごい能力ですね。

編集者時代は録音テープなしでそのままインタビューや対談をまとめることができたので、とても便利でしたね。でも、記憶力がいい代わりに左右の区別をつけるのがすごく苦手だったりします。やっぱり脳に何らかの顕著な偏りがあるんでしょうね。作家というのは記憶力のいい人が多いですよ。編集者時代に付き合った作家たちもみんなすごい記憶力でしたし、僕の父も大変な記憶力の持ち主でしたから。そういうタイプなので一度読んだ本を読み返すということは、ほとんどしたことがないんです。そんな中、例外だったのはカミュの『異邦人』。中学に入ったころに読んで、読み終わった直後に何度も読み返しました。この作品からは作家として大きな影響を受けていると思います。太宰治の『人間失格』も読み返した珍しい1冊ですが、中学生のころに読んだ時はすごくおもしろかったのに大人になって読み返すとそれほどでもありませんでした。やはり、小説には読みごろというのがあるような気がしますね。読みごろのタイミングで本と出逢うためにも、その本の本当のおもしろさを理解するためにも、普段からある程度の読書経験は積んでおいたほうがいいでしょうね。

取材・文/長野辰次
撮影/名児耶 洋

プロフィール
白石一文(しらいし・かずふみ)

1958年生まれ、福岡県出身。文藝春秋社に勤務する傍ら、2000年に『一瞬の光』で作家デビューを果たす。専業作家となり、2009年に『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞受賞。2010年に『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞し、父・白石一郎と親子二代での初の直木賞受賞となった。主な代表作に『僕のなかの壊れていない部分』『私という運命について』『翼』『一億円のさようなら』『プラスチックの祈り』など。

公開情報
『火口のふたり』

十日後に結婚式を控えた直子(瀧内公美)は、故郷の秋田に帰省した昔の恋人・賢治(柄本佑)と久しぶりの再会を果たす。新しい生活のため片づけていた荷物の中から直子が取り出した1冊のアルバム。そこには一糸まとわぬ二人の姿が、モノクロームの写真に映し出されていた。蘇ってくるのは、ただ欲望のままに生きていた青春の日々。「今夜だけ、あのころに戻ってみない?」――直子の婚約者が戻るまでの5日間。身体に刻まれた快楽の記憶と葛藤の果てに、二人が辿り着いた先は――。
原作:白石一文『火口のふたり』(河出文庫刊)
脚本・監督:荒井晴彦
出演:柄本佑 瀧内公美
配給:ファントム・フィルム
2019年8月23日(金)公開 R18
©2019「火口のふたり」製作委員会
公式サイト:kakounofutari-movie.jp

書籍情報
『火口のふたり』

白石一文/河出文庫刊

『あの頃の「火口のふたり」』

小説:白石一文、写真:野村佐紀子/河出書房新社