本物のアートが持つとてつもないエネルギーを感じながら
池ノ辺 聞いたところでは、ルーヴル美術館での撮影ロケが許可されたのは、邦画では2作目ということですが、本作ではモナ・リザの前でも撮影されていましたよね。傷つけちゃいけない、何かあったら大変とか、こちらの方が心配してしまったんですが(笑)、撮影はどうだったんですか。
渡辺 下見には何度か、たぶん合わせて10回くらいは行ったと思います。
池ノ辺 コロナ禍の時期に行けたんですか?
渡辺 そうです。とは言っても、1日に2回とか、翌日もまた行ったりとか、という形でしたけど。でもその時は開館時間内で、お客さんもたくさんいて、特にモナ・リザのある部屋などはぎゅうぎゅうなんです。それが、正式の下見の際に閉館後のルーヴルに足を踏み入れてみると、誰もいない館内は昼間とは全く別物であることがわかったんです。準備していった時とは全く違った印象を受けたので、考えてきたことはすべてリセットして、とにかくこの場で感じることをそのまま受け止めながら進めていこうと思いました。
池ノ辺 違いというのは、どんな?
渡辺 やはりお客さんがいない分、絵の存在感がさらに増してくるような気がしました。特にあそこにかけられている絵には、一つ一つに物語があるわけですよね。例えば肖像画にしても、どんな時代の人物なのか、そこに至るまでにどんな人生を辿ってきたのか、もしかしたらその人は人を殺していたかもしれないし、逆にすごく悲惨な目に遭っていたのかもしれない。そんな、絵に込められた人物の背景とか、歴史というものがダイレクトにのしかかってくるような感じでした。空間は広いのに、何か息が詰まるような切迫感がある印象を受けながらの撮影だったんです。
池ノ辺 確かにアート作品を見るって、そういうところがありますね。そこには歴史があって、怨念やら何やらすごいエネルギーが渦巻いているという‥‥。トラブルとかはありませんでした?
渡辺 トラブルはなくて、基本的にはスムーズに進みました。もっとも、撮影できるのが閉館後から翌朝までと時間が決まっていましたから、トラブルが起きたらそこで終わってしまうくらいのスケジュールでして、もうとにかくワーっとやっていくしかないということではあったんですが。でも、撮影が深夜でしたからね。さらに何か出てきそうな、そういう時間帯なんですよ(笑)。
池ノ辺 きっと何かがいましたよね(笑)。
渡辺 一生さんたちとも「絶対いますよね」なんて話をしていたんですけど、そういう見えない何かがすごく濃密な空気として感じられました。
池ノ辺 そういうところで撮影ができるというのは素晴らしい貴重な体験ですよね。役者さんたちはどうでしたか。
渡辺 撮影が始まってしまえば、皆さんいつも通りの自然体の演技でした。撮影の直前に、モナ・リザの前で、たまたま一生さんと飯豊(まりえ)さんと3人で話をするタイミングがあって、「3年前に『ルーヴル〜』やりたいよね、なんてことを夢物語で言っていたのに、今こうしてモナ・リザの前で話しているってなんかすごいね」という話はしました。
池ノ辺 きっとそれはモナ・リザも話を聞いていましたよ(笑)。今回、映画になるということで何か意識した違いはありますか。
渡辺 大きな違いはないと思います。といっても、テレビシリーズの時から画角にしても映像にしても僕の好きなように撮らせていただいていましたから、映画もその延長でした。
池ノ辺 この作品で地下の「Z-13倉庫」のシーンは一つの大きな見せ場だと思うんですが、真っ暗な中で出てくる絵も黒と、非常に印象的でした。
渡辺 そうですね。テレビは家庭の明るい環境で見ることが多いですが、映画館では真っ暗な空間の中で観ることができます。黒の中の微妙な違い、グラデーション、そういったデリケートなところも表現できると思うんです。それはスクリーンで観る良さだと思います。それでも真っ暗な倉庫の中のシーンを長い時間見続けるのは辛いと思うので、それを楽しめて、暗い中でもしっかりとエンターテインメントになるような工夫はしているつもりです。
池ノ辺 それはぜひ大きなスクリーンで観たいですね。