人との出会い、そしてコミュニケーションが次の道を拓く
池ノ辺 そもそもなぜ脚本家になったんですか。
伊藤 もともとは小説家になりたいというのが私の一番の夢でした。でもなかなか思うようには書けなくて、いつか出版されるようになりたいと思いながら短編を少しずつ書いているという感じだったんです。それで、仕事としてはもう一つの好きな世界である映画の世界に入りました。美術の装飾部として小道具の仕事をその頃やっていました。そんな中で私の師匠となる行定勲監督の作品に出会うんです。『GO』(2001)と『贅沢な骨』(2001)を同時期に映画館で観て、両方ともすごく好きな作品になったんですが、中でも『贅沢な骨』は、ストーリーの進め方から何から全てが自分にしっくりくるというような、それまで味わったことのない、映画を観て感じたことのないような妙な感覚を味わったんです。そしたらその後すぐに行定組の仕事の話があって、「ぜひやらせてください」と入らせてもらいました。
池ノ辺 すごいタイミングですね。
伊藤 自分でもそう思います。それで現場では、行定監督と私の共通の知り合いがスタッフをしていて、私がファンだということが行定さんにも伝わっていたんですね。それで監督はいろいろ話をしてくれていたんですが、その中で私が文章を書くのが好きだという話をしたら、「せっかく映画の世界にいるのなら脚本を書こうと思わなかったの?」と言われて‥‥。実は学生時代に書いてはみたんだけれど、結局書き方もよくわからなくて書けなかったんです。行定さんは当時ENBUゼミナールの講師をされていて、じゃあ、その卒業制作の脚本をコンペにするから、そこに出してみてはどうかというチャンスをいただいたんです。それで、できないかもしれないけれど、とにかくチャレンジしてみようと思って書き上げました。その時には、すでに小道具という職業柄、脚本の行間を読む必要があったので、脚本というものの仕組みが身体で理解できていたんですね。それで書くことができました。それが脚本家になったきっかけです。
池ノ辺 それからずっと行定監督と一緒に仕事されてきて、今回は行定さんから「監督やってみろ」という話があったんですか。
伊藤 行定さんからだけじゃなくて、私は行定さんと同じ事務所なんですが、事務所からも、周りのスタッフからも、自分で監督をやるつもりはないのかとずっと言われていたんです。でも長いこと自分の中にその気持ちは生まれてこなかったんです。当時、脚本も書きながら小説の執筆もしていたんですが、ものすごく時間がかかって、しかも家にいて文章だけをひたすら書いている生活で、何か自分の世界がすごく狭くなっていくような気がしたんですね。人とのコミュニケーションをとる機会も減って、このままでは私から生まれる物語はキャラクターの世界もどんどん狭まって自分だけの世界に入り込んでいってしまうような、そんな怖さを感じました。それでもう少し自分を外に出していきたいと思った時に、映画監督をやってみようと思ったんです。
池ノ辺 それこそ、“サイド バイ サイド”で、周りに支えてくれる人がいて、そういうところに監督の話が来るという‥‥。
伊藤 自分はいつも迷いながら生きている感じなんですが、それでも人の出会いには恵まれていると常々思っています。それで悩んだ時にもそういう人たちの言葉が蘇ってきたり引っ張ってもらえたりする、それが自分の人生なのかなと思ってます。
池ノ辺 だからこそ、それをこの映画でも伝えたかったんですね。
伊藤 人って、一人で生きているようでも、絶対一人ではなくて、やはり周りに支えてくれている人たちがいるんです。そこをよく見ること、彼らが自分にかけてくれた言葉を覚えていること、それが、すごく大切ですね。
池ノ辺 最後の質問になりますが、監督にとって映画って何ですか。
伊藤 私にとって映画は、コミュニケーションですね。特に最近そう思います。現場のコミュニケーションから始まって、最後は見てくださった方とのコミュニケーションでその映画が完成する。そんなふうに思っています。
池ノ辺 そのコミュニケーションからさらに次のことも生まれますよね。
伊藤 そうですね。私の作品を観て、みなさんが言葉などをくださったりして、そこからまた次の作品につながっていく、そう思います。
池ノ辺 監督としての次の作品、期待してお待ちしてます。
伊藤 頑張ります。
インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
写真 / 岡本英理
監督・脚本家
『Seventh Anniversary』(03)で脚本デビュー。その後、『世界の中心で、愛をさけぶ』(04)の脚本に大抜擢され、『春の雪』(05)、『クローズド・ノート』(07)など行定勲とタッグを組んでヒット作を発表する。その他の作品に、ヴェネチア国際映画祭コンペティションに選出された『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(08/押井守監督)、『今度は愛妻家』(10/行定勲監督)、『真夜中の五分前』(14/行定勲監督)など。活躍は映画にとどまらず、神奈川県立芸術劇場(KAAT)のこけら落とし作品「金閣寺」(宮本亜門演出)の上演台本を手掛ける。近年では堀泉杏名義で『ナラタージュ』(17/行定勲監督)、『窮鼠はチーズの夢を見る』(20/行定勲監督)などの脚本を手掛ける。劇場映画初監督作品となる『ひとりぼっちじゃない』が公開中。
⽬の前に存在しない“誰かの想い”が⾒える⻘年・未⼭。その不思議な⼒で⾝体の不調に悩む⼈や、トラウマを抱えた⼈を癒やし、周囲と寄り添いながら、恋⼈の詩織とその娘・美々と静かに暮らしていた。 そんな彼はある⽇、⾃らの”隣”に謎の男が⾒え始める。これまで体感してきたものとは異質なその想いをたどり、遠く離れた東京に⾏きついた未⼭。その男は、未⼭に対して抱えていた特別な感情を明かし、更には元恋⼈・莉⼦との間に起きた”ある事件”の顛末を語る。 未⼭は彼を介し、その事件以来⼀度も会うことがなかった莉⼦と再会。⾃らが“置き去りにしてきた過去”と向き合うことになる‥‥。
監督・脚本・原案:伊藤ちひろ
原作:「ロスト・ケア」葉真中顕 著 / 光文社文庫 刊
出演:坂⼝健太郎、齋藤⾶⿃、浅⾹航⼤、磯村アメリ、茅島成美、不破万作、津⽥寛治、井⼝理(King Gnu)、市川実⽇⼦
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2023『サイド バイ サイド』製作委員会
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