Apr 19, 2023 interview

伊藤ちひろ監督が語る 現場のやりとりが脚本を超えて作品を豊かにした『サイド バイ サイド 隣にいる人』

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目の前に存在しない“誰かの想い”が見える青年・未山。その不思議な力で身体の不調に悩む人や、トラウマを抱えた人を癒やし、周囲と寄り添いながら、恋人で看護師の詩織とその娘・美々とともに、自然の豊かな小さな村で静かに日々を過ごしていた。ある日彼は自分の隣に謎の男が見え始め、その男に導かれるように遠く離れた東京へ。そして彼が置き去りにしてきた過去と対峙することになる。

 “サイド バイ サイド”= 隣同士で / 一緒に という題名を冠された本作は、リアルとファンタジーが混在する「マジックリアリズム」が息づく物語。行定勲と数々の作品を作り出してきた伊藤ちひろがオリジナル脚本を書き下ろし、監督も務めた。美術スタッフ出身の伊藤監督ならではの感性が光る詩的な映像世界の主人公には坂口健太郎、恋人の詩織に市川実日子など個性的なキャストが名を連ねる。

予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『サイド バイ サイド 隣にいる人』の伊藤ちひろ監督に、本作の見どころ、脚本のこだわり、映画への想いなどを伺いました。

俳優「坂口健太郎」に魅せられて

池ノ辺 今回の作品『サイド バイ サイド』は、原案、脚本、監督を担当されたわけですが、どんなところから生まれてきた作品なんでしょうか。

伊藤 自分が映画監督をやるとなった時、可能な限り純粋に自分が撮りたいと思えるものを作りたいと思いました。この作品は、結果として撮影や公開の順番が2番目になったんですが、初めての監督作として準備していたものです。人とのつながりとか距離の取り方とか、あるいはいろんなものと共存して生きるということ、そうした、自分がこれまですごく感じていたこと、人間の原点であり普遍的な心の大事な部分をちゃんと見つめて作ろうと思った作品でした。

池ノ辺 その思いが、まさしくタイトルに反映されているわけですね。そして中心になるのが坂口健太郎さんですが、監督って坂口さん大好きでしょ(笑)。

伊藤 そうですね(笑)。作品に出てましたか。私は行定勲監督の『ナラタージュ』(2017)で脚本を担当していて、その中の小野くんの役は誰のイメージかと聞かれた時に、坂口さんだと思ったんです。坂口さんという存在や身体のフォルムとかが、すごく気になっていたんですね。当時、彼はモデルとしての活動から少しずつお芝居を始めていたという時でしたから、ぜひ小野くんをやっていただけないかとオファーして、受けてもらえたんです。

池ノ辺 実際どうでした?

伊藤 私が思っていた以上に小野くんで、生々しい感情がちゃんとそこにあって、演じているようには思えないくらいでした。それが私の中でとても印象に残っていて、ぜひまた一緒に仕事したいと思っていたんです。その時には自分が監督をやるなんて思っていなかったので、脚本で関わる作品でということだったんですが、今回自分で監督として映画を作ろうとなった時に、それだったらやはりそこは絶対に坂口さんがいいという気持ちがありました。

池ノ辺 それで今回も引き受けてもらえたんですね。

伊藤 器用な方なので、すごくいろんな役をされてますが、その中でもこれまであまり見たことのない坂口さんを、私自身も見てみたいという思いで作りました。

池ノ辺 坂口さんにはそれはどんなふうに伝えたんですか。

伊藤 彼の本質に近い部分を物語の中に取り入れたいという思いがあったので、脚本を書いている段階から何度か本人に相談していました。坂口さんは、人間としての魅力にうねりがあるというか、こういう人だと言い切れない部分があると思うんです。それは、気分によって感度よく変化しやすいということもあるでしょうし、今が人間として顕著に成長している時期にあるということかもしれません。本当に豊かなものを持っていて、発想も私の中にはない面白さがある。そうしたところを抽出したかったんです。

池ノ辺 そんなところが、監督が描きたいと思っていたものを伝えるのにはぴったりだったんですね。

伊藤 未山像を作っていく中で、坂口さんが持っている、飲み込んでいくような柔軟さを取り入れたいと思ったんです。ですから未山は、自分が求めて自分がもらうというのではなく、自分からどんどん周りの人に与えていく人物なんです。

池ノ辺 結果的に坂口さんは脚本の狙い通りに演じてくれたんでしょうか。

伊藤 期待以上でした。