自然で普通な演技が観る人の思い出をかき立てる
池ノ辺 役者は皆さん素晴らしかったですね。まずは主人公の高校時代を演じた八木莉可子さんと木戸大聖くん。あの時代を生きているという感じがよく出ていました。演出はどんなふうにされたんですか?
寒竹 彼らは主役ふたりにつなげなければいけない重要な役で、その軸がしっかりしていないとその後の現代のシーンの行動原理に説得力がなくなってしまいます。
特に大聖はこういった大きな役が初めてだったので、役の体感になるまでは結構しつこく芝居をやらせました。経験がないうちは間(ま)にはまるまで時間がかかります。うわべのセリフは、観ている方に簡単に見抜かれてしまうので。結構前からリハーサルをして、途中で満島ひかりちゃんがワークショップをやってくれたり、そういう時間があったのがよかったです。
池ノ辺 それはコロナ禍だったからですか。
寒竹 いえ、それはコロナ禍の前からでした。
池ノ辺 佐藤健くんの演技もすごく自然でした。
寒竹 健くんのことは俳優として私なりにずっと観察していたので、彼のまだ引き出されていない良い成分を引き出せる仕掛けを、ホンの中に仕込みたいなと思っていました。
健くんはしっかり作り込んでくる役者で、逆にひかりちゃんはハプニングを面白がりたいタイプなので、そのままでいくとあまり食い合わないんです。それだとせっかくふたりでやる意味がないので、ハプニングをどう作用させるか、例えばひかりちゃんのリアクションを変えたかったら、逆に健くんに本番で急に手を握ってみてとお願いしたりとか。あとは彼が普通にやると、ちょっとカッコ良すぎたので、「カッコ良すぎるよ」と‥‥。
池ノ辺 ダメ出しをしたんですか?(笑)
寒竹 ダメ出しというか、佐藤健のカッコ良さを、今までよりは何気ない方向に削いでいったかもしれないです(笑)。
池ノ辺 ああ、そうかもしれない。食べ方とか、視線の投げかけ方とかがすごく自然で普通な感じがしました。初恋って誰もが経験することで、特別なことじゃない。だから、彼の普通で自然な演技が、観ている側をそれぞれの経験の場所まで連れていってくれて、そこに私たちが辿り着いた時に、魂まで響くような気がしたんですね。