テーマ性と大衆性を併せ持つ平野作品に惹かれて
池ノ辺 今回はコロナ禍での撮影だったと聞きましたが、どうでしたか?
石川 ロケーション探しは難航しました。いいところを見つけても、大人数ではちょっと、と断られることも何度かありました。最終的には地域全体でバックアップしてくれるところが見つかって、無事に撮影を終えることができました。
あとその日の撮影が終わると、いつもだと反省会と称して居酒屋に飲みに行ったりしていたんですが、それはできなくて、終わると部屋に戻って静かに弁当を食べるという(笑)、でもそうすると次の日の準備もきちんとするし、ちゃんと寝るし、皆さんプロフェッショナルで、すごく健全ないい撮影でした。
池ノ辺 この映画は平野啓一郎さんの小説『ある男』を原作としたものですね。映画化の経緯について教えてください。
石川 平野さんの作品はずっと読んでいたんです。ただ、映画化は難しいなあと思っていたんですが、最近ドラマになった『空白を満たしなさい』や映画化された『マチネの終わりに』あたりから、すごく柔らかい文体になってきて、その中でも『ある男』は、平野さんが昔からずっと持ってきた純文学としてのテーマ性と同時に大衆性もある。
きちんとした硬派なテーマがありつつ、大衆、つまりより多くの人に届くものということで、それは自分自身が映画を作るにあたっていつも考えているバランスでもあるんですね。これはぜひ自分が映画化したいと思ったところに、松竹さんからこの平野作品の映画化を考えているという話があって‥‥
池ノ辺 「じゃあ僕がやります」と手を挙げたんですね。
石川 そうなんです(笑)。映画化した後になって、結構いろんな人から「あれはうちがやりたかったんだよ」という話を聞いて、なかなかの競争率だったと知りました。
池ノ辺 そして実際の映画ですが、役者さんたち、とりわけ妻夫木聡さん、安藤サクラさん、窪田正孝さんは素晴らしかったです。
石川 3人とも、画面に映るだけで画面が締まるような存在で、自分の中ではまさに映画俳優と言えるような3人が揃って出てくれたのが嬉しかったですね。しかもそんなオールスターの映画でありながら、誰かがすごく主張する、目立つということでもなく、3人が一緒にストーリーの神輿を担いでくれているような、すごくバランスの良いキャスティングができたのではないかと思います。
池ノ辺 窪田さんとはずいぶん仲良しになったとか(笑)。
石川 そうですね(笑)。というより、彼は誰とでも仲良くなれる、人の懐に飛び込んでくるような天性の才能があるんだと思います。釜山の映画祭に行ったときにも、それほど英語を喋る方ではないのに、誰よりも向こうの人たちと仲良くなっていましたから(笑)。言葉ではないコミュニケーション能力を持っているような気がしますね。
池ノ辺 里枝の息子・悠人役の坂元愛登くんも良かった。
石川 彼は映画に出るのは初めてだったらしいんですが、泣きの芝居も本当に自然に出てきたものでした。
池ノ辺 それがすごくお母さん(里枝)を助けている感じがあって、会ったこともないのに「良い子に育ったなあ」と思ってしまいました(笑)。
石川 実際に彼は本当にいい子でしたよ。これからスレなきゃいいなと思ったくらいです(笑)。