1000時間の記録映像が100分の映画になるまで
池ノ辺 私は映画の予告編を作っているんですが、予告編を作る上で、映像を見て構成を立てますが、せいぜい2時間です。1000時間の映像を見て、最終的にどうやって100分の映像に編集していったのか、ちょっと想像がつかないのです。どうやって組み立てたのですか?
パーキンズ 最初に、彼女について書かれている本などをたくさん読みました。そこから大まかなプロットを立てていったのです。ダイアナ妃の物語というのは、いわゆる古典的なギリシャ悲劇に通じるものがあるんですね。
婚約に始まり結婚、出産といった大きなライフイベントはもちろんしっかり入れていこうと考え、1000時間の記録から半年以上かけてある程度のラフなものを作り上げました。これは3時間くらいのものです。これでゴールが見えてきたというのでスタッフたちと「やったね」と喜びあったのですが、すぐに気がつきました。これはみんなが知っているダイアナの物語じゃないか。
表面的なところで、彼女の人生に何が起こってどういう行き違いがあり、そして不幸があってというのは誰もが知るところですよね。そしてそれは特に目新しいものでもない。9か月近く費やした作業でしたが、途中まできたというよりはここからスタートだと気づいたんです。
そこからより重層的に、よりニュアンスをこめて、改めて編集していきました。その中で一つポイントとしたのは、いろいろな人々がダイアナ妃について語っている部分でした。古典的なギリシャ悲劇では、何人かナレーションをする役割の人物がいて、彼らがその出来事について説明したり語ったりします。その役割を、ダイアナ妃についてしゃべっている一般の人々の声にしたらどうかと考えたのです。
池ノ辺 その発想はどういうところから出てきたんですか。
パーキンズ ダイアナ妃の人生については、特にその道の専門家といわれるような人々が、分析をしたり、振る舞いに対する賛否両論の意見を述べたりしてきました。でも僕はこの映画の中では、そうしたよく知られた専門家の声ではなく、ごく普通の人の声を使いたいと思いました。
というのは、どういうわけか彼女については、僕たちのような一般の人間が何か意見してもいいんじゃないかと思わせる、何かそういう力があったという気がしたのです。多くの人々が彼女に対して強い想いを抱いたり、あるいは彼女の人生と自分自身の人生を重ね合わせてみたりしています。ですから多くの人々が彼女について語っています。
彼女の人生のストーリーは、決して一部の上流階級や専門家たちだけのものではないんですね。この映画では、そうした普通の人々の声を使って、それによって物語を組み立てていくことで、より多くの人々の心に届くような、深みのあるものにしたいと思ったんです。
池ノ辺 セリフだけで組み立てていくというのは、ものすごく大変なことだと思います。途中でナレーションやテロップを入れて説明してしまおうとは思わなかったんですか。
パーキンズ それは全く考えませんでした。ナレーションを入れてしまうと、ある出来事について、こう思うべきだと決めつけてしまうかたちになってしまいます。僕は逆のことがしたかった。観る人に自分自身で解釈してほしかったんです。
「ダイアナ妃」は鏡。それを見ることで自分自身を知る
池ノ辺 この映画を観る人へ監督から伝えたいことはありますか。
パーキンズ この25年の間、人々はダイアナ妃に対していろんな感情を持ってきたと思います。人によっては何度も思い返し、悲しんだり後悔したり、あるいは分析したりしたんじゃないでしょうか。
そうしたそれぞれの想い、見方や考え方を決して否定しないような映画になっていると僕は思っています。そして、いわゆる記録映像だけを使った映画にすることで、まずは、それがタイムマシーンのようにダイアナ妃の過去、さらには皆さん一人一人の過去へ連れていけるんじゃないか、そんなふうに観てもらえるといいなと思っています。
僕は、単に過去が再現されるだけではなく、今振り返ってみて、当時とは違った視点で見直すことで、「あれはこういうことだったのかもしれない」と理解が深まるような、そういった新しい見方や考え方が見出せるようなそんな余白のある作品にしたかったんです。
池ノ辺 監督はダイアナ妃が亡くなった時にまだ子供だったとおっしゃいましたが、私は当時すでに大人で、彼女が婚約した時のことから覚えています。今回改めて、その婚約をしたときの映像を見たんですが、あんなに嬉しい出来事のはずなのに、ダイアナがすごく悲しいと感じました。
パーキンズ ダイアナ妃に関するドキュメンタリーはこれまでいくつも作られてきました。その多くは、彼女の人生のさまざまな出来事に対して、なぜその選択をしたのか、あるいは何をどう感じていたのか、といったような彼女の内面を探るような作品だったと思います。そこにはどうしても作り手、あるいは語り手の憶測が入ってきます。
僕が作りたかったのはそういう映画ではないんです。もっと言うなら、これは、ダイアナ妃がどんな人だったのかという映画ではない。ダイアナ妃を見ることで、僕たちが自分自身を知ることができる、いわば鏡のようなものだと考えています。
つまりこの映画を観ることで、自分自身に問いかけるのです。自分とダイアナ妃の関係もそうですが、例えばセレブや有名人と一般人の関係、さらには彼女の生涯の中で、その悲劇に自分たちがどう関わったのか、どう加担してしまったのか、そんなことを改めて考えられるような、そういう作品になっていればと思っています。
インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
監督
Netflix、BBC、HBO、Sky、The Guardian、ナショナルジオグラフィック、Channel 4の作品を監督し、数々の国際的な映画賞を受賞し、アカデミー賞ノミネート歴もあるドキュメンタリー映画監督。
2007年、Channel 4とFX Studiosのドキュメンタリー番組『Bare Knuckle Fight Club(原題)』で、英タイムズ紙に「今年最高のドキュメンタリー作品」と絶賛される。続いて、『プロジェクト・ニム』(11)とBAFTA受賞作『The Imposter(原題)』(12)、さらにアカデミー賞®受賞作『シュガーマン 奇跡に愛された男』(12)の製作舞台裏ドキュメンタリーを監督。2014年、自身初の長編ドキュメンタリー映画『Garnet’s Gold(原題)』がトライベッカ映画祭でプレミア上映され、グリアソン・アワード最優秀新人賞を始めとする多くの賞を受賞。2015年、映像業界で働く有望な若手イギリス人をサポートするBAFTA Breakthrough Britsに選出される。同年公開の短編ドキュメンタリー『If I Die On Mars(原題)』は、複数のプラットフォームで合計100万回を超える再生回数を記録。2018年、The Guardianの委託で監督した短編ドキュメンタリー『Black Sheep(原題)』で13の国際的な賞を受賞し、アカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞ノミネートを果たす。2019年、Netflixオリジナルの長編ドキュメンタリー『本当の僕を教えて』で英国インディペンデント映画賞にノミネートされる。本作は3本目の長編ドキュメンタリー映画となる。
世界中で大フィーバーを巻き起こし日本でも高い人気を誇ったダイアナ元皇太子妃のドキュメンタリー。歴史に残る結婚式、子供が生まれた日、離婚にまつわるスキャンダル、AIDSの子供を抱きあげる姿、そして彼女が亡くなった日‥‥世界中で25億人が見たという、「ダイアナ妃の葬儀」。むきだしの映像が、ダイアナ元皇太子妃の人生を物語る。
監督: エド・パーキンズ
配給:STAR CHANNEL MOVIES
2022年9月30日(金) TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamura ル・シネマほか全国公開
公式サイト diana-movie.com