「夏休み」のもつ特別感を、映画の島で味わってほしい
池ノ辺 この作品を、皆さんにどんなふうに観てもらいたいですか。
長澤 小学生の頃の夏休みの気分というのがありますよね。“夏休み”という言葉自体がもうすごく楽しい。実際には毎日そんなにエキサイティングなわけでもなかったのにね。でも、大人になると、そういうことから遠ざかってしまう。この映画を観て、子供の頃を思い出して、「ああ、こんなだったよなあ」と、夏休みの気分を体感してもらえたらいいなと思います。
池ノ辺 確かに。私も自分の夏休みを振り返りました。
長澤 この映画の中の夏休みも、1つのシークエンスで“ちょっとした冒険”はあるんですが、全体としてはだらーんと時が過ぎていく。ただね、子供って、夏休みに入る前と後では結構変わるんですよね。新学期にみんなで顔を合わせると、ちょっと大人になっていたり変わったりとかしている。夏休みにいったい何があったんだろう、というようなことを描きたいと思っていました。
池ノ辺 そうやって子供たちが成長していく過程を観るのは楽しかったです。今、現実はいろいろある中で、あの映画の中には、すごくいい風が吹いているなというのも感じました。
長澤 あんな島で夏休みが過ごせたらいいですよね。
池ノ辺 本当にそう思いました。
無意識の中で温めていた『凪の島』
池ノ辺 長澤監督はどうして映画監督になったんでしょうか。
長澤 なぜでしょうね。プロデューサーやってても別に楽しかったし、脚本を書くことも楽しいし。考えてみたら監督って一番大変ですよね。いまだにクランクインする前は、足がすくんで、「はあ、どうしよう」と思うし、なのになんで監督をやっているんでしょうね(笑)。
池ノ辺 元々は監督志望ではなかったんですか。
長澤 映画を作ることに携わっていられたらいいなというのはずっとありました。それである時、岩井俊二さんと出会って、こんなすごい人が監督をやっているんだったら、この人の手伝いをしてた方がいいと思って、そういう仕事をしていました。
それが、しばらく岩井さんとの仕事から遠ざかっていた時期があって、その時に他に一緒にやりたいと思う人もいなかったので、じゃあ自分で監督をやろうかなと思ったんです。でも、1本目の『ココニイルコト』(2001)を撮った時に、もう監督はいいやと思ったんですよ。
池ノ辺 なぜですか。
長澤 こんな作品を作っちゃったと、すごく恥ずかしくて。もうこれで終わりかな、仕事も来ないだろうし、またプロデューサーに戻ろう、みたいな感じだったんです。