誘拐された女児と誘拐犯。15年後、2人は再会する。1人は被害者として今も好奇の目にさらされながら社会の片隅でひっそり生き、もう1人は社会の目を逃れるように気配を消し、静かに生きている。〈被害者×加害者〉でありつつ、15年前のあの日々は、つかの間の自由を獲得した忘れがたい日々でもあった。
『悪人』『怒り』など、画一的な社会に一石を投じ続けてきた俊英・李相日監督待望の最新作は、凪良ゆうの2020年本屋大賞受賞作『流浪の月』の映画化。一筋縄ではいかない物語を、李監督と共に血肉化させていったのは、『怒り』に続いて顔合わせが実現した広瀬すず。そして李作品に初参加となる松坂桃李。さらに横浜流星、多部未華子、趣里、柄本明ら、主演級の俳優たちが脇を固める。また透明感のある映像は、『バーニング 劇場版』『パラサイト 半地下の家族』の撮影監督であるホン・ギョンピョが務めたのも注目を集めている。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表を務める池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』。今回は、李相日監督に広瀬すず、松坂桃李の2人と、難易度の高い役をどう作り上げ、そして撮影監督とどのように独創的な世界観を作り上げていったかをうかがいました。
純粋で、かけがえのない関係性を映画で見せる
池ノ辺 今回、映画化された『流浪の月』は、2020年本屋大賞を受賞した作品が原作ですね。
李 本屋大賞を獲る前からやってみたいなと思っていたので、これはハードルが上がってしまうなと思ったんですけど(笑)。更紗と文のつながりは、一見寓話性を感じもするんですけど、もしこの世界に実在するとしたら、これ以上純粋で、かけがえのない関係性はないだろうなと。魂の双子のような2人の繋がりを、いかにして映像に焼き付けるかを考え続けていました。
池ノ辺 原作から映画へと形を変えていく上で、どんな部分を大切にしましたか?
李 やっぱり、あの2人のキャラクターですよね。文は、僕の今までの実人生のなかで出会ったことがないほど、他者の痛みに対する共感性が凄まじい人物です。理想の塊のように見える一方で、掴みどころがなくなかなか本心がわからない。脚本のト書きにも書いた気がしますが、彼の〈空洞のような瞳〉を、どうすれば体現できるかずっと手探りでもありました。
池ノ辺 更紗も、映像化するには難しいキャラクターですよね。
李 更紗も、ある意味では本心を押し隠した生き方が身についてしまってはいますが、本来は奔放で自由な人。ただ、映画ではなにか健気さみたいなものが加わると、より僕自身のイメージに引き寄せられるかなと思いました。
池ノ辺 文を松坂桃李さんが、更紗を広瀬すずさんが演じたわけですが、この2人の演技に圧倒されました。映画を見ている間に2人がどんどん変身していくように感じました。
李 すずに関しては、『怒り』での出会いが大きかったです。それ以降も彼女がどういった作品に出ているか気にして追いかけて観ていました。だんだん上手になっていくなって思いながら(笑)。『流浪の月』を読んだときに、いちばん良い再会が出来るんじゃないかと自然に思えましたね。明らかに、すずにとって今までにない高い壁だと思えたので。桃李くんが演じた文は、実在するかどうかを疑わせるほどの佇まいというか、湖の水面のように澄んでいる存在なんですよね。内面も怖いほど澄み切っている。生身の俳優さんを考えたときに、桃李くんしか思い浮かばなかったんですね。
池ノ辺 実際に松坂さんと初めて仕事をされていかがでした?
李 想像以上に底が深い感じがしました。奥まで覗いても底が見えない感じ。それは暗黒という意味ではなくて、どこまでも澄んでいて、終点がない感じ。けど、奥底にはマグマを抱えているようにも見えて、彼は現場でもわかりやすい正解には飛びつかずに「それってどういうことだろう?」と、どんどん悩むことを厭わない感じっていうんですかね。