May 16, 2022 interview

李相日監督が語る 『流浪の月』で探り続けた俳優の存在と瞬間

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風と光、俳優の動きが「来る」とき

池ノ辺 今回、『バーニング 劇場版』や『パラサイト 半地下の家族』の撮影監督であるホン・ギョンピョさんと組まれていますが、これはどういう経緯でですか?

 『パラサイト』の撮影現場にお邪魔したとき、ホンさんがカメラマンでいらっしゃって。その少し前に『怒り』が公開されていて、ご覧になってくださってて非常に気に入って「すごく良かった」と言っていただけたんです。これはチャンスだなと思って、いつかやってくださいとお願いしたんです。

池ノ辺 現場ではどのような感じでした?

 コロナの影響もあって、ホンさんがスタッフと合流できたのって撮影の1週間ちょっと前なんです。普通は2、3か月前からカメラマンとロケハンしたりするんですが、ほぼ撮影から一緒に始めるという感じでした。ただ、ポン・ジュノさんとやられるときは、絵コンテや設計図がしっかりあるなかできちっと撮っていくスタイルだったんですけど、今回はどっちかって言うと、『バーニング』に近い方法論が良いんじゃないかと事前に話していて。

池ノ辺 事前にきっちり決め込むんじゃなくて、臨機応変に撮り方を変えていくってことですか?

 そうです。その場所で俳優さんの動きを見ながら、そのときの光や状況によってカメラアングルを決めていくスタイルで臨んだので、俳優さんの動きをホンさんは全神経を集中して見ていましたね。同時にそのなかで光や風を瞬間的に捉えようとするというか。よくホンさんが口にしていた日本語が「風」とか「風が吹く」っていう言葉を使われていました。

池ノ辺 「風が吹く」ときは空気感も撮影に映るのでしょうね。だからあの陰影が上手いんですね。言葉の面で不自由はありませんでしたか?

 ホンさんは日本語が分かるわけじゃないので、俳優のちょっとした動きとか、目線とか息遣いを捕まえようとしている。本当に動物的なカンもあるし、鋭さもありましたね。

池ノ辺 李監督とホンさんの呼吸が合っていたことも大きいのでは。

 よくホンさんとの会話で出た言葉は――日本語にするとなかなかこれだという言葉が見つからないんですが――「いまのは来てた」「来たな」みたいな、フィーリングを確認する会話が必ずありましたね。風や光、俳優のエモーション、全てが融合した瞬間に、「来たね」「来ましたね」みたいな(笑)。毎カット、毎カット、来るまで粘る。来たら次に行けるっていう。

池ノ辺 来なかった場合はどうなるんですか?

 来なかった場合は変えるんですよね。カメラポジションだったり、演技だったり、何かを変えていく。来ないということは、何か違うんだろうと。

池ノ辺 そこは本当に感覚的な部分ですね。

 脚本上ではそれで上手くいくと思って書いたところが、俳優さんに演ってもらったときに何かおかしいなとか、違和感があったり、いわゆる「来ない」ときに、あの手この手で探るんですが、時間も限られているなかで、来るまで探すことを全く厭わない人がホンさんでした。そういうカメラマンが常に隣にいるのは、すごく安心感もあるし、刺激もありました。

池ノ辺 そういう李監督とホンさんを、俳優さんたちはどう見てたんでしょうね?

 僕とホンさんがずっと韓国語でしゃべっているので、桃李くんや、すずは何を喋ってるかはわかりませんが、身振り手振りを見ながらだんだんと察して行ったみたいですね。子ども時代の更紗を演じてくれた白鳥(玉季)さんは、カットがかかって、ホンさんが笑顔になると、言葉は分からないけど、安心するみたいなことを言っていました。