池ノ辺 今回、Netflixで配信された後に劇場でかかるという、かつてない試みですが、どうしてこういう公開の形になったんですか?
荒木 そこに関しては、自分が目論んだということは特にありません。川村さんも言っていますが「終始、映画を作っているだけ」なんです。たまたま今回は最初に家庭でも観られるという形で世界に配信されているけど、アニメーション映画を作っていることに変わりはないんです。入り口の順番が違うだけだと自分も思っています。
池ノ辺 これは画期的だと私はすごく驚きました。新しい映画の作り方、新しい鑑賞方法がスタートしたんだと思いましたから。
荒木 最初に小さい画面で観たとしても、これは大きい画面で観たらもっといい、と思うんじゃないかな。そこからぜひ映画館へ行ってほしいですね。
池ノ辺 大きいスクリーンで、さまざまな画角とその奥行き感やスピード感あふれる映像を体感してほしいですもんね。
荒木 ご家庭で観るのであれば、モニターにできるだけ近づいて、視界をできるだけ埋めるようにして観ることをおすすめします(笑)。
新必殺技を編み出せた制作現場
池ノ辺 制作するなかで、ここはたいへんだった、苦労したなとか、あるいは楽しかったこと、嬉しかったことなどをお聞かせください。
荒木 大変だったのは、今までより高度なアクションシーンですね。これまで『進撃の巨人』などでは、3Dと2Dのハイブリッドというか、3Dで動いている背景の上を手描きのキャラクターが動くという形式のアクションシーンを結構やってきました。それは自分たちが必殺技として編み出した技法なんです。今回は、それをさらに発展させてより高度なところに挑戦したわけです。それがパルクールのアクションでした。
『進撃の巨人』の立体機動装置の場合、背景は流れていればいいものだったのですが、パルクールの場合はその背景の突起をつかんで乗り越えなきゃいけない。よりタイトに精密に組んでいく必要があったのです。それはこの業界でもできるチームは他にいないだろうし、大変すぎてやろうとする人もいないだろう、そういう中で、立体機動でできちゃったものだから「お気の毒だけど頼むよ」と、いつもの皆さんにお願いしまして(笑)。
とはいっても、今回は、“こんなに前向きな人たちしかいない現場って初めてだな”と思うくらい、本当に士気の高い現場だったんです。こちらがやろうとすることに対して、嫌がることなく積極的に参加してくれて、しかもより良くなるように自ら考えてくれるし、そうしたことをしっかり相談しあえるコミュニケーションの場もちゃんとありました。
それは、WIT STUDIOの制作スタッフの皆さんがすごいのと、さらにプロデューサーの山中一樹くんをはじめとする制作チームの方たちが素晴らしかったのだと思います。というのも、いくら自分が「こうしてくれ」と言っても、プロデューサーやデスクなどの間に立つ人がそれを確実に理解し、そこに対して前向きでいなければ、スタッフの皆さんにそれがきちんと伝わり前向きな作業につながるということにならないからです。
この業界屈指の士気の高い“前のめり”集団であるWIT STUDIOに絵コンテを渡して映像に仕上げてもらえるというだけでも本当に幸せでした。ですから、物理的にはたいへんだったんですけど、嫌だったとか辛かったということは、ひとつもなかったです。
池ノ辺 それって素晴らしいことですね。
荒木 今までの仕事では、出来が素晴らしければ素晴らしいほど、人から笑顔がなくなっていくというか、いいものを作ること、クオリティを追求することが、人の心を疲れさせ、悲しませるような方法でしか実現できなかったんです。
自分では腰は低いと思っているんですが、なぜか周りの人間を怒らせイライラさせてしまう。もう、こういう形でしかものを作れないのだろうか、一生このままなのかと思っていたのが、初めてそうじゃない現場で、みんなが笑顔で素晴らしい仕事をしてくれる。“そんなことあるんだ!”と嬉しい驚きでした。