池ノ辺直子の「新・映画は愛よ!!」
映画が大好きで、映画の仕事に関われてなんて幸せもんだと思っている予告編制作会社代表の池ノ辺直子が、同じく映画大好きな業界の人たちと語り合う「映画は愛よ!!」 第5回は、現在超大ヒット中の新海誠監督の「君の名は。」や部下でプロデューサーの川村元気さんのお話です。
- 池ノ辺直子 (以下 池ノ辺)
-
ここで市川さんに伺いたいのは、東宝で大ヒット作が生まれると、どうしても他社もそのジャンルが「当たる」となって、似たよう作品がいっぱい出てきちゃうじゃないですか。
最近だと、10代の若い俳優さんがどんどん出てくるのはいいんだけど、出てくる人が同じというか、重なり合っているティーンエイジャー向けの恋愛映画が多すぎませんか?
私はよく作品と役者を間違います。
- 市川南 (以下、市川)
-
以前の邦画は、子供向けには『ドラえもん』や『ポケモン』シリーズなどがあって、シニア層に向けた作品もある程度充実していたんですけど、その間のティーンエイジャーになると見たい映画がなくて、その流れで社会人になっても映画はあまり見ないような傾向が続いていたんですね。
でも、ある時期、少女コミックの映画化で火が点いて、ハイティーンの観客が入るようになったんです。
うちでいうと、生田斗真さん主演の『僕等がいた』が大きかった。
- 池ノ辺
-
今年も東宝は広瀬すずさん、山崎賢人さん主演の『四月は君の嘘』がありますね。
それと、『オオカミ少女と黒王子』?
- 市川
-
『オオカミ少女と黒王子』はワーナーさんですよ。
- 池ノ辺
-
わあ、ごめんなさい。
こんな風に間違えちゃうのよ。
- 市川
-
まあ、同じような作品が多すぎるんです(笑)。
- 池ノ辺
-
コミックの映画化も多くて、オリジナルの映画の企画はないのかという話もよく聞きますよね。
- 市川
-
古今東西、ひとつ当たると、そのジャンルが続くのはしょうがないですよね。
映画に限らず、あらゆるビジネスでそうだと思います。
けれど、ティーンエイジャーに向けた映画を開拓できたというのはすごく大きいです。
だから、こちらが、飽きられないように考えていくしかないですね。
- 池ノ辺
-
少女コミックの次がこれと何か考えているものはあるんですか?
- 市川
-
いやぁ、わからないですね。
- 池ノ辺
-
本当はあるんだけど、内緒なだけ?
- 市川
-
そんな簡単には、ないですね。
- 池ノ辺
-
それを見つけるのも、市川さんの仕事ですよね?
- 市川
-
僕だけじゃなくて、みんなが探していることですけどね。
これまでの流れを見ても、『リング』が当たって、みんなが集中してホラーを作ったけど、今はぱったりですよね。
『セカチュー』の後も泣ける恋愛映画のブームが5年ほど続いたけど、それが今、少女コミックの映画化へと変わっている。
ただ、20歳前後の若い層に向けた恋愛ものは普遍的に求められる傾向がありますよね。
池ノ辺さんは『ヒーローインタビュー』や『バースディプレゼント』がなければ、『セカチュー』はなかったって仰ったけど、僕は『セカチュー』も『orange』も同じ流れにあるような気がします。
ところで邦画にオリジナル作品が少ないという話に戻ると、オリジナルは多くはないんですけど、あることはある。
例えば、アニメはオリジナルが多い。
スタジオジブリの宮崎駿監督の作品は全部そうだし、細田守監督の『バケモノの子』もそう。
今年でいえば、新海誠監督の『君の名は。』がいい例で、興行的にも超大ヒットしています。
- 池ノ辺
-
そうね。
『君の名は。』は予告編も本編もすごくよかった。
- 市川
-
そうなんです。
予告もいいけど、内容がいい。
新海誠監督で一番有名な作品は、『秒速5センチメートル』ですが、デビュー作の『ほしのこえ』のときは、たった一人で作っているアニメーション作家だったんです。
コンピューターに向かってコツコツと自主製作していた人の作品を、『シン・ゴジラ』と合わせて、今年の東宝の夏の大舞台でやって頂こうとしたのが『君の名は。』。
新海誠監督独特の青春ラブストーリーで、そこには仕掛けがあり、物語の秘密もある。
ラブストーリーとしても切ないし、SF映画としても楽しめる。
彼らしい映画になっています。
- 池ノ辺
-
新海誠監督の作品は背景の美しさが印象的だし、センチメンタルですよね。
- 市川
-
RADWIMPSの、映画のために書きおろした曲に合わせてアニメを作っているので、曲と絵のマッチングが素晴らしくて、見ていて本当に気持ちいい。
新感覚のアニメーションですね。
- 池ノ辺
-
制作の時間もかかりました?
- 市川
-
2年くらいかな。
これは前売り券がすごく売れたんです。
コツコツ作っていた作家の作品がいきなり、スタジオジブリや細田守監督と同規模公開になってしまったので、少しでもお客さんに入って頂きたいと思ってはいましたが、8月27,28日の公開2日間で動員は68万8000人、興行収入は9億3000万円というオープニング成績を記録して、超大ヒットスタートとなりました。
- 池ノ辺
-
週間ランキングでは、『シン・ゴジラ』を抜いて一位になったじゃないですか。
これはすごいことですね、もちろん、私も初日に観ました。
号泣でした。
- 市川
-
新海誠というアニメに詳しい一部の観客のための存在が、溜まっていた潜在能力が爆発して一気に売れたという印象を受けますね。
『風立ちぬ』の後、宮崎駿監督はもう長編作品は作らないとなって、さて、東宝としてはどうすればいいのかというときに、細田守監督が出てきて、新海誠監督が出てきた。
- 池ノ辺
-
絶対に新しい才能が出てくるんですね。
- 市川
-
出てもらわないと困るなと、そこはヒヤヒヤしていました。
それで先ほどの池ノ辺さんのご指摘の、邦画は原作ものばかりというご意見ですけど、実写映画に関しても、10月8日に公開される『グッドモーニングショー』は君塚良一監督が脚本を手掛けられたオリジナルで、朝のワイドショーのキャスターに中井貴一さんが扮しています。
あと、初夏にヒットした宮藤官九郎監督の『TOO YOUNG TO DIE!若くして死ぬ』もオリジナルですよ。
- 池ノ辺
-
なるほど。東宝はずっと攻めているという事ですね。
新しい才能といえば、東宝の中には市川さんの跡を継ぐやり手のプロデューサーが育っていますよね。
- 市川
-
僕は2006年から管理職ですけど、かなり優秀な人材が育っていると思います。
『告白』は川村元気という若いプロデューサーが湊かなえさんの小説を映画化したいと言ってきたとき、たまたま、僕が中島哲也監督の次の企画を探していたときだったので、じゃあ、『告白』と中島監督をくっつけようとなって、プロデューサーは川村が担当しました。
- 池ノ辺
-
これはみんな聞きたいと思うんですけど、川村さんは今や作家としても成功していますけど、東宝の社員さんなんですか?
- 市川
-
そうですよ。
- 池ノ辺
-
社員だけど、作家活動をしてもいいんですか?
- 市川
-
会社にいるときは普通の会社員として働いているし、部下もいる身です。
- 池ノ辺
-
作家活動を許す会社の土壌が豊かですね。
川村元気さんの原作を映画化した『世界から猫が消えたなら』も今年公開でした。
そして元気さん、ずっと、週刊誌にも連載されていますよね。
現在は週刊文春で「四月になれば彼女は」連載中ですしね。
- 市川
-
「四月になれば彼女は」の第1回を読んで、「ぜひ、わが社で映画化させてください」と部下に頭を下げました。
- 池ノ辺
-
ハハハ。それは、すごいネタですね。
取締役のデスクから、川村さんのデスクまで行って頭を下げたんですか?
- 市川
-
面と向かっては恥ずかしいので、ショートメールで、お願いいたしました。
- 池ノ辺
-
そしたら、「ぜひ、やりましょう」と言ってくれたんですか?
- 市川
-
さすがに他社には企画をもっていかないだろうとは思っていましたけどね。
これで、映画化が他社だったりしたら、大変なことになりますね(笑)。
- 池ノ辺
-
ワーナーは、来年は『銀魂』と『鋼の錬金術師』、2018年は『BLEACH』の実写化が控えていて、邦画に本気出していると先日もニュースが流れていましたが、東宝としたらライバルとして動向が気になるんじゃないですか?
- 市川
-
一番目立ったのは『デスノート』ですね。
あれで、決定づけられましたね。
- 池ノ辺
-
『るろうに剣心』三部作の成功も大きかったんじゃないですか。
実は、やりたかったとか?
- 市川
-
『るろうに剣心』はあんなに入るとは思っていなかったですね。
- 池ノ辺
-
あれは宣伝力の勝利ですか?
- 市川
-
映画も面白かったですが、原作に力があったんでしょうね、少年ジャンプで90年代に連載されていて、僕としては、ちょっと古いし時代劇だから映画化は難しいかなと思ったんですけど、その頃、小学生で原作が大好きだった人たちが映画の公開時には30代になっていて、子供から成年層までが劇場まで足を運んだという感じでしたね。
- 池ノ辺
-
東宝でいうと、そういう大人の層を取り込んでヒットした作品は何になりますか?
- 市川
-
今年でいうと、『アイアムアヒーロー』ですね。
あの作品は、予告編にものすごくこだわりました。
- 池ノ辺
-
映画自体もめちゃくちゃ評判いいですよ。
普通、あんな作り方できない。
- 市川
-
平たく言うと、あの作品はゾンビ物で、ゾンビを日本でやってどうなのかというところから議論をし始めました。
出来た映画は素晴らしくて、シッチェス国際映画祭、ポルト国際映画祭、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭と、世界3大ファンタスティック映画祭で、それぞれ賞を獲るほど中身も良かった。
ただ、ゾンビものの色をそのまま出しても、日本のお客さんは来るのか、女性の観客も来るのかという議論をして、それで、予告編のコンセプトを富士急ハイランドのコマーシャルのようにしたんです。
「きゃーっ」と絶叫しているのを見て、怖いけど、乗りたくなるみたいな。
そういうコンセプトで、予告は延々3ヶ月くらい議論しながら作っていったんです。
- 池ノ辺
-
この予告編、作った人、3ヶ月間も市川さんとずっと一緒に色々考えたの大変だったでしょうね(笑)。
結構、市川さんは言うからな〜。
- 市川
-
言わなそうですけどね。
- 池ノ辺
-
それがシビアに言うんですよ。
こんなところにまで突っつくかというような。
喧嘩してるのかと思い出しました。
- 市川
-
でも、喧嘩しないですよね。
- 池ノ辺
-
ガーッと私が反論しても、「ふーん。そうですか」という感じだから、喧嘩にはならない。
- 市川
-
喧嘩にはならないですね。
僕がそこからまた、回りくどく言うだけですから。
- 池ノ辺
-
それで根負けして「わかりました、やりましょう!」となっちゃうの(笑)。
で、恐ろしいことに、市川さんは取締役になってもなお、いや、なっているからか、いまだに東宝の予告編はすべてチェックするって聞きましたよ。
- 市川
-
東宝製作のものは全部、見るようにしています。
- 池ノ辺
-
そのチェックで、大逆転となって、ひっくり返ることもあると聞きました!
- 市川
-
いや、そんなことはしないですけど。
今朝、チェックしたバカ・ザ・バッカさんに作っていただいた『妖怪ウォッチ』はとても良かったですよ。
アニメと実写がうまく編集されていました。
12月公開の『僕は明日、昨日のきみとデートする』もバカザさんですね。
とてもいい予告編になっていました。
『アイアムアヒーロー』に関しては、ハリウッドの『ワールド・ウォーZ』や『アイ・アム・レジェンド』を意識して、予告編ではゾンビを一切出さずに成功しました。
音楽も本編で使った曲ではなく、予告にフォーカスした選曲にして、こだわってやった戦略があれはうまくいきました。
- 池ノ辺
-
予告編の大切さを思い出しましたか?
- 市川
-
ええ、思い出しました(笑)。
初心に帰りました。
(文・構成:金原由佳 / 写真:岡本英理)
映画『四月は君の嘘』 2016年9月10日(土)全国東宝系ロードショー
完全無欠、正確無比、ヒューマンメトロノームと称された天才ピアニスト・有馬公生(山﨑賢人)は、母の死を境にピアノが弾けなくなってしまう。高校2年生となった4月のある日、公生は幼馴染の澤部椿(石井杏奈)と渡亮太(中川大志)に誘われ、ヴァイオリニスト・宮園かをり(広瀬すず)と出会う。勝気で、自由奔放、まるで空に浮かぶ雲のように掴みどころのない性格―そんなかをりの自由で豊かで楽しげな演奏に惹かれていく公生。「友人A君。君を私の伴奏者に任命します」かをりの強引な誘いをきっかけに公生はピアノと“母との思い出”に再び向き合い始める。しかしそんな中、公生はある時彼女の秘密を知ってしまう。いったい彼女の秘密とは―。
監督:新城毅彦 出演:広瀬すず 山崎賢人 石井杏奈 中川大志 甲本雅裕 本田博太郎 板谷由夏 檀れい 配給:東宝
(C)映画「四月は君の嘘」製作委員会 (C)新川直司/講談社
PROFILE
■ 市川 南(いちかわ みなみ) 東宝株式会社 取締役 映画調整、映画企画担当
1966年、東京都生まれ。1989年、東宝入社。宣伝プロデューサーとして、「ヒーロー インタビュー」(94年)「学校の怪談」シリーズ(95年~99年)、「千と千尋の神隠し」 (01年) 等。企画プロデューサーとして、「世界の中心で、愛をさけぶ」(04年)、 「永遠の0」(13年)、「シン・ゴジラ」(16年)等。2011年、取締役就任。2012年から東宝映画社長を兼務。