池ノ辺直子の「新・映画は愛よ!!」
映画が大好きで、映画の仕事に関われてなんて幸せもんだと思っている予告編制作会社代表の池ノ辺直子が、同じく映画大好きな業界の人たちと語り合う「映画は愛よ!!」
新シリーズスタートです。
- 池ノ辺直子
(以下 池ノ辺) -
装いもあらたに「新・映画は愛よ!!」スタートです。
今回は、邦画界をピックアップ!松竹の諸冨謙治さんに来ていただきました。
諸冨さんは現在、松竹ではどういうポジションなのかから説明していただけますか?
- 諸冨謙治
(以下、諸冨) -
今現在は映画宣伝部の宣伝企画室長をしています。
現在、宣伝企画室には宣伝プロデューサーが10人いて、彼らと松竹が配給する作品の宣伝展開をしています。
- 池ノ辺
-
宣プロ、10人もいるんですか? 層が厚いですね。
女性が多い?
- 諸冨
-
若手男子も増やしているんですけど、今のところは女性の方が多いですね。
宣プロの業務は、宣伝コンセプトの開発から始まって、予算の制作と管理、キャンペーン全体の構築やスケジュールの管理がまず重要。
さらに監督・俳優事務所・製作委員会との交渉、そして劇場にかける予告編、ポスターやチラシなどのビジュアル制作から、テレビスポット、新聞広告などクリエイティブの制作一式、WEBの運用も担当しています。
- 池ノ辺
-
クリエイティブと宣プロは違う?
- 諸冨
-
そうですね。
宣伝企画室には宣プロのほかにクリエイティブの進行担当、公式サイトやSNSも含めたWEBの担当、さらに広告の窓口となるメディアバイイングの担当もいて、こちらも重要な役割を担ってくれています。
- 池ノ辺
-
今回、なぜ、諸冨さんに来ていただいたかというと、ここ数年、「うわ、面白い!」と思った作品の数多くが松竹さんの映画だったんですよ。
たとえば今、『植物図鑑』が大ヒットしているでしょ? 黒沢清監督の『クリーピー』も怖い、怖いって話題だし。
でも、私はうっかりものだから、例えば『超高速!参勤交代』を見たときは、てっきり東宝さんの映画かと勘違いしていたの。
- 諸冨
-
それは…光栄と言っていいのかな(苦笑)。
- 池ノ辺
-
どうも、世の中を賑やかす作品があると、つい「東宝さんかな?」って思っちゃう傾向があったんだけど、でも、違うのよ。
『八日目の蝉』あたりから、確実に松竹の映画が話題になっていて、これは、すごいと、なぜ、ヒットを量産できるようになったのか、それを今回はうかがいたいんです。
松竹の宣伝部の体制が120周年に向けて変わってきたのか。
諸冨さんもヘッドハンティングされて来たわけでしょう?
- 諸冨
-
いやいや、そんなことはないです(笑)。
あくまで今までのご縁とタイミングです。
僕は、松竹歴はちょうど5年経ったくらいなので、そんな僕が松竹の宣伝を語るのは大変おこがましいんですが、池ノ辺さんの依頼とあって今回は断れなかった(笑)。
どんなご縁で僕が今ここにいるのかは、のちほど順を追ってお話しできれば。
- 池ノ辺
-
例えば今年でいうと、中村義洋監督の『殿、利息でござる!』がすごく面白かった。
松竹さんが120年間やってきた「義理と人情」が物語のベースにある。
あの題材を東宝さんが作っていたらまた違っていたと思うんです。
『男はつらいよ』の寅さんの雰囲気もあって、大作であっても深刻ぶらず、面白く笑える人情劇があり、その松竹の技が今、結実しているのかなと。
宣伝部も体制が変わって、今は外部には出していないですよね?
- 諸冨
-
『クリーピー』はアスミックエースさん宣伝で、弊社は営業のみの共同配給という形です。
宣伝部で扱う作品ではパブリシティやWEBなどで、社外のスタッフの方々と一緒にチームを組んで宣伝を行う作品もありますが、基本的に宣プロは社内でやります。
- 池ノ辺
-
それでヒット作が増えてきた要因はなんだろう?
- 諸冨
-
宣伝部にも若手宣プロの数を増やして、お客さんの目線に立って細かくリサーチも重ねながら、思い切ったことをやるようになったことかなと思います。
僕自身20代から宣プロをやっていたこともありますが、若者向けの作品の場合はターゲットに近い宣プロが担当することがあってもいいのかなと。
もちろん、熟練したマーケティング力が必要な時もありますけど、若い人に映画を見て欲しいというときは、マーケティングデータも参考にしながら、宣プロの直感で思い切って仕掛けていって、何かトラブルがあったら、後ろでベテランがサポートするから、「迷わずいけ!」と若手を送り出せる体制になってきたなとは思います。
- 池ノ辺
-
なるほど。
そういう上司がいたら、もっと力を出そうと若い宣伝部は思うわね(笑)。
- 諸冨
-
もちろん、宣伝部にはベテランも中堅もいるし、いろんなタイプの人がいていいと思うんです。
それぞれ個性があることが大事で、お互いに自由に意見を言って、聞いてくれる環境が重要ですね。
映画の宣伝って、大筋の宣伝コンセプトはブレてはいけないけれど、お客さんにその時々でどう受け取られているかを探って、柔軟に変化しなきゃいけない側面があるじゃないですか。
宣プロは自分の担当作品のことを誰よりも深く考えなきゃいけないんですけれど、仕掛けている宣伝展開が「客観的に見て、どのように写っているか」ということも大事なわけで。
宣伝部の中で、自分の担当以外の作品のことも自由に意見が言い合えるって、とても大事な事です。
宣プロに限らず、クリエイティブ・WEB・パブ・メディア・タイアップと各担当が、お互いに横の関係で協力し合いながら、作品の個性を出していって欲しいと思うんです。
- 池ノ辺
-
松竹さんが面白くなってきたのは、迫本社長もどこかの記事で話されていましたが、若手のプロデューサーが育ち、自社企画の映画が成功するようになったからと。
そこに宣伝部はどう絡んでいるんですか?
- 諸冨
-
僕ら宣伝は、駅伝で例えると、制作担当の企画部からタスキをもらって、作品を観客へと送り届ける最終ランナー。
僕は映画の宣伝というのは、スタートダッシュとゴール前の粘りが大事だと思っていて、スタートの部分が良くなってきたのは、池ノ辺さんのご指摘の通り、企画部や調整部に若手プロデューサーの数が増えて、若者向け作品含めて自社企画に積極的に取り組むようになった事が大きいと思います。
そこで宣伝部としては、その作品がお客さんにパッと一言で説明できる「売りどころが明快かどうか」がポイントとなってくる。
そこで、近年の宣伝部のミッションとして大事なのは、キャスティングやタイトルも含めて、早めに宣伝が企画にコミットすることなんです。
- 池ノ辺
-
なるほど、出来上がってから宣伝を立ち上げるのではなく、撮影の段階から、宣伝部がかかわるってこと?
- 諸冨
-
いえ、撮影のさらに前。
いわゆるデベロップメント、企画開発の段階から関わるってことです。
- 池ノ辺
-
えええ?そんな早い段階から?そこからもう一緒にやれと、言っているの?
- 諸冨
-
そうですね。
- 池ノ辺
-
例えば『殿、利息でござる!』だと?
- 諸冨
-
あの作品の場合、磯田道史さんの原作は「無私の日本人」というタイトルなんです。
本のタイトルとしては素晴らしいけど、映画化されて、若い人からお年寄りまで幅広い層に見ていただくことを考えると、特に若年層には厳しいだろうと。
そこで企画部のプロデューサーと相談して、まだ宣プロが決まっていない段階で、僕とクリエイティブの担当中心に、映画用のタイトル開発を外部のコピーライターも交えて撮影に先行して進めたんです。
- 池ノ辺
-
ほほう。なるほどね、タイトルから始まっているんだ。
- 諸冨
-
狙いとしては弊社で配給してヒットした『超高速!参勤交代』のように、いい意味でミスマッチな言葉の組み合わせを考えていました。
それこそ何百案も候補を出す中で、あるコピーライターさんが「利息でござる」という案を出してくれたんです。
パッと見て、「あ、これは来たな」と(笑)。映画としてすごく面白そうに見える。
ただ、原作で描かれている「無私の精神を持った日本人の素晴らしさ」という中身の良さも伝えたい。
3・11以降、日本では大きな災害が続き、観客の皆さんも、悲しいものより、これは楽しそうだなというものを求める傾向が強くなっていると思うんです。
面白さを伝えながらも、それだけにとどまらず、日常とは違う得難い経験ができて、さらにほっこりできたら最高じゃないですか。
- 池ノ辺
-
そうよね。『殿、利息でござる!』は全部、そろっている。
- 諸冨
-
NHKで昔「お江戸でござる」っていう江戸の庶民の暮らしをコメディーっぽく描いたバラエティ番組がありましたが、映画も入口は敷居を下げて「利息でござる」。
そのタイミングで、殿役にすごいキャスティングが実現したんです。
- 池ノ辺
-
そうそう!仙台のお話しだから、フィギアスケート選手の羽生結弦さんが殿様役を引き受けたのよね。
- 諸冨
-
これは宣伝的に、ものすごい武器をもらったと思ったんです。
じゃあ「利息でござる」の上に“殿”をつけたら、と企画プロデューサーから言われて、なるほど、合わせ技で『殿、利息でござる!』でどうかと。
感服したのは原作者の磯田道史さんと、中村義洋監督です。
本作はお二人の念願の企画で、原作はあくまで「無私の日本人」なんですから、「そんなタイトルはふざけている」と拒絶することもできたと思うんです。
でも「原作の重要な要素である”利息”という言葉をタイトルにつけて、あえてコメディー要素も含めた明るい方向で売り出したい」と話して、お二人とも前向きに許諾していただきました。
さらに中村監督はそういう宣伝戦略も理解した上で、本編の撮影に挑んでくださった。
制作と宣伝がお互いに、入口の強さと出口戦略を意識して進められた作品だと思います。
- 池ノ辺
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なるほど。そこまで密接に宣伝部が制作とがっちり組んで戦略を立てているのね。
- 諸冨
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うちの会社は同じ12階の南側に宣伝と営業の配給部門、北側に企画と調整の制作部門があるんですが、今年の夏は同時並行で6本くらいクランクインする作品があるんです。
いろんな事情でまだ宣プロが決められない作品の場合、準備段階で僕が制作側と配給側の南北間を行ったり来たりして、時にはタイトルを決めたり、キャスティングに関与したり、ポスターの撮影準備を進めたりして、宣伝全体の方向性を探りながら準備を進めておくことが多いです。
- 池ノ辺
-
すばらしい。
-
なぜ、松竹の映画がヒットするようになったか、よくわかりました。
立ち上げから関わることってすごく大事ですよね。
- 諸冨
-
すごく大事だと思いますね。
映画の宣伝マンは競馬の騎手みたいなものだと思うんです。
一本の映画が面白そうに見えるかどうかは、当然ですが作品そのもの、つまり馬の実力が大きいわけです。
どんな名ジョッキーでも勝利に貢献できる役割は3〜4割と言われるし、あくまで作品あっての宣伝ですから。
ただし「さぁレースを始めよう、同じ公開日でトップを目指してゴールするぞ」と馬と一緒にゲートに入ろうとしら、極端な話ですが、馬じゃなくて犬が来ることがある(笑)。
「これ、競馬じゃなくてドッグレースだよ、さすがに犬には乗れないよ」と(笑)。
一方で同じ競馬でも、有馬記念のようなG1から地方競馬まで、さまざまな規模のレースがあって、それぞれ戦い方が違うわけです。
僕は、1館だけで公開する単館作品から全国300館以上のメジャー大作まで、様々な規模の映画の宣伝に20年くらい関わってきました。
そこで本当に大事だと思うのは、制作も宣伝もお互い納得の上、題材・キャスティング・予算・宣伝戦略が作品規模に合わせてバランスよく噛み合っていること。
今の僕の役割は、まずはそこを擦り合せるための事前準備の役割が大きいかもしれません。
そのうえで、宣伝部にも優秀な騎手が着々と育ってきているので、ゲートが開く、つまり宣伝展開が立ち上がり始めたらなるべく宣プロの個性を活かして、自信を持って宣伝展開を進めていきたいと思っているんです。
(文・構成:金原由佳 / 写真:岡本英理)
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監督:中村義洋
原作:『無私の日本人』磯田道史 所収「穀田屋十三郎」(文春文庫刊)
©2016「殿、利息でござる!」製作委員会
tono-gozaru.jp/
PROFILE
■ 諸冨謙治(もろとみけんじ)
松竹株式会社
映画宣伝部 宣伝企画室長
1971年東京出身。大学卒業後、広告代理店旭通信社(現・アサツーディ・ケイ)でプロモーションを担当した後、97年シネカノンに入社。制作進行から宣伝まで主に邦画での宣伝業務を担当。2004年に東芝エンタテインメント(現・博報堂DYミュージック&ピクチャーズ)に移籍し、洋画(米国・欧州・アジア)・邦画と幅広く作品を担当。その後、CJエンタテインメント・ジャパンでマーケティングチーム長を経て、12年に松竹に移籍し、13年より現職。