──「大河ドラマ」にどういう印象を持っていましたか。
中村 “ちょんまげ”でしょうか。そういう意味で、今回はそれがないので、「大河」というイメージがあまりしなくて……(笑)。
阿部 歴代の大河の主役の方たちの一覧を見たら、まあ、すごい人たちがいっぱいで、その印象を『いだてん』でちょっと変えていきたいという気がしています。やっぱり「笑い」のあるドラマにしたいですよね。日曜日の20時台に「わははわはは」と笑って見てもらえる「笑える大河」とでもいうんですかね。軽い意味じゃないんですよ。一生懸命やっている人の姿は笑えるんです。
中村 明治から昭和の歴史から、スポーツや落語の知識も描かれるから、すごいドラマなんですよ。そういう意味ではまぎれもない「大河」です。そのうえ、めっちゃ面白いんです。
阿部 そう、たとえば、クロールの前に「日本泳法」というものがあったことを知ることも有意義だと思います。当時はまだプールもないし、いま、みんな、かっこいい水着を着ていますけれど、水着もなく、ふんどしで泳いでいて、外国の方に不思議がられていた時代もあることを知ってほしいです。
中村 アスリートの方々は見て共感してくださると思います。金栗さんは、ストックホルム大会で大惨敗した後、日本に帰ってまずやったのが、真夏に館山の海岸でとにかく走り続け、暑さに慣れるという練習法でした。そんなことは絶対やっちゃダメじゃないですか。でも、金栗さんって、とにかくまずやるんですね。こういう練習の辛さや、外国人選手との体格差の問題や、コーチだとか監督の必要性などについても丁寧に描かれたドラマです。
なにかに情熱を注いでいる人たちの姿を見てほしい
──大変だったエピソードを教えてください。
中村 マラソン選手の役をやる上で、体力作りをはじめとして、マラソンの走り方を基礎から習いました。金栗さんが走っている映像も残っていたので、それを見て身体に叩き込んで撮影に臨みました。とはいえ、マラソンと言っても、撮影だから、そんなに走らないだろうと思っていたら、大きな間違いで。熊本ロケでミカン畑を走るシーンでの天敵はドローンでした。あんな万能なものを開発されちゃったらねえ……。どこまでも撮れるんですよ。で、どこまでもカットかからないから、とにかく走らなきゃいけない。でも、楽しかったです。熊本からストックホルムまで、いろいろなところで走れたことはいい思い出です。
──熊本ロケでお会いした方々のお話を聞かせてください。
中村 ぼくは天然パーマで、金栗さんも天然パーマという共通点があったのですが、金栗さんの娘さん、三人姉妹の方々にご挨拶させていただいたとき、お目にかかったとき、「ああ、お父さんも帰ってきたごたるー」と言ってくれてすごく嬉しかったし励みになりました。「帰ってきたごたる」というのは、“帰ってきたようだ”という意味です。あと、足……ふくらはぎを見て「似てる」と言ってくれたのもすごく嬉しかったです。
阿部 やっぱりアスリートみたいに、食事も変わるんですか? だってすごく痩せましたよね。痩せて、まっ黒になった!という印象があったんですよ。
中村 そうですね。食事も変わりました。あの体型を作るために。あと、金栗さんは体が弱かったので、勧められた冷水浴を長く続けるんです。そのため、1回に最低2回くらい冷水浴の場面があって、毎回、脱いでます。はい(笑)。そのための、肉体改造でもあります。締まっていない肉体を見せられないですから(笑)。
阿部 その点、ぼくは助かっています。実は、ぼくは泳ぐシーンはそんなにないんですよ。選手を諦めて監督している頃からの話なので。逆に、お腹にあんこを入れる必要があるくらいの体型の方なんです。だから水泳の練習はほんの少しで済みました。とはいえ、「日本泳法」というクロールに似ているけれどぜんぜんちがう水泳法だったから苦労もありました。片面だけ顔を上げて泳ぐんですよ。だから僕が上げやすい方向で練習していたら、いざ撮影のときになって、カメラ的に逆の顔を上げたほうがいいという事になって、うまくいかず沈みかかり、どっちも練習しとかないといけないんだなと反省しました(笑)。
中村 オープニングの映像——タイトルバックの阿部さんが泳いでいるところは、もう、最高です。
阿部 たぶん今までの大河ドラマにはなかったようなタイトルバックだと思いますね。出方もすごくシュール。ぼくが、隅田川とかを泳いでいるらしいです(笑)。
──ドラマのなかで感銘を受けたエピソードを教えてください。
中村 嘉納治五郎先生の存在です。幼い頃からの憧れで、高等師範で校長先生として出会い、やがてIOCの委員としてストックホルムへ共に行く。嘉納先生がいなかったら、金栗さんはオリンピック選手になってなかったんじゃないと思います。それだけ影響を受けています。
阿部 金栗さんは絶対メダルが取れる!と言われながら、結局取れなかった。田畑さんもオリンピック招致したにもかかわらず、結局、役職からはずれてしまいます。そういう成し遂げられなかった人を演じることがぼくはすごく好きだし、面白いと思うところです。ドラマとしてどうなるかはまだ全部を読んでないのでわからないですが、史実から考えるとそういうところに魅力を感じます。
──ドラマの見どころを教えてください。
中村 いままでぼくはスポーツをやってなかったし、役者は勝ち負けがないので、負ける悔しさがわからなかったのですが、ストックホルムで走り終わったあとに「勝ちたかったなあ」とその悔しさをはじめて知りました。今回このドラマをきっかけに、スポーツの見方が変わった僕のように、これまであまりスポーツに関心がない視聴者の方たちもたぶん見方が変わるのではないかと思います。
阿部 これから東京の街ができあがっていくようなシーンがあるんですよ。例えば、首都高をどんどん作っていくみたいなシーンが。そういう映像や、当時の町並みを再現したオープンセットやCGを見ているだけでわくわくします。いま、実際に、次の東京オリンピックに向け、国立競技場をはじめいろいろなものが造られているから、そのわくわく感は共有できるような気がします。
──それぞれの役柄を通して、視聴者に伝えたいことはありますか。
阿部 金栗さんはオリンピックにアスリートとして参加する側で、田畑はオリンピックに招致する側です。そういう違いはありますが、ふたりとも、みんなに希望をもたせたいという思いがいちばん大きいと思うんです。なにかで読んだことですが、オリンピックとは世界中の選手が一緒になって思いを分かち合う大会で、それを見て涙する日系人の方を見た田畑さんが、これはいけると思ったらしいんです。戦争で日本が負けて、亡くなる選手もいたなかで、平和の象徴・オリンピックをやって国民に希望を持たせたい気持ちがあったであろうと。こういう方たちがいたからこそ、いま、平和になって、いろんな国に行き来できるようにもなった。当時はまだ、世界では東京がどこにあるか知らない人ばかりだったと思いますが、いまはたくさんの外国の方が東京に来て遊んで帰ってくださる。そうなるように尽力した金栗さんや田畑さんたちの功績を、視聴者の方々にも知っていただけたら嬉しいです。
中村 金栗さんの場合は、メダルをとることはできなかったけれども、日本のマラソンの基礎をつくり、未来につなげた方。金栗さんのように、なにかに情熱注いでやっていれば、必ず大きなものを得られるということを見ていて思ってほしいと思います。
【会見取材を終えて。「もう、そろそろ、いいんじゃないですか、みんな、好きなことやって」という言葉が印象的だった。 】
これまで何回か大河ドラマの取材会に参加したことがあるが、これほど会場の記者が爆笑したこともない気がする。たいてい穏やかにほのぼのした空気ではあるのだが、『いだてん』では阿部サダヲが率先して笑いを振りまき、中村もそれに乗っていく。
生きていくうえではいろいろ決まりごとがある。守らないといけないことはもちろんあって、例えばスポーツのルールは守るべきものだ。決まりごとの中で精一杯やるからこそ凄いことが起こる。何か枠組みがあって、それに当てはまらないかもしれない、だめかもしれないけれどやってみたら面白いかもしれないということがある。インタビューを聞いていると、金栗も田畑もそういう常識を越えてきた人のようだ。
阿部サダヲが田畑のキャラクターについて説明したとき、実現が無理そうなことでも思いついたら即行動する人物であると言って、「いまだと止められますもんね。止められない時代があったことはいいなあと思う。もう、そろそろ、いいんじゃないですか、みんな、好きなことやって……というかんじはしますけどね。例えば、いま、舞台役者や歌舞伎俳優がテレビドラマに出たり、役者がバンドやっていたり、ジャンルが関係なくなっている。こうでなくちゃいけないっていうようなことはもうよくないですか? 『いだてん』ってそういうドラマになっているところも魅力だと思います」と語っていたことが印象的でたのもしいと感じた。
予告では「無謀じゃないと時代は前に進めない」「あなたを少し無謀にさせるかもしれない」というコピーが出てきた。「無謀」なことの尊さに気付かされるドラマなのではないかと、わくわくしている。
取材・文/木俣冬
中村勘九郎 Kakuro Nakamura
1981年東京都生まれ。歌舞伎俳優。父は十八代・中村勘三郎。歌舞伎のほか、映画やテレビドラマでも活躍する。映画『禅—ZEN-』『清須会議』『真田十勇士』、『銀魂』、『銀魂2』など。大河ドラマには『新選組!』(04年)に出演している。読売演劇大賞杉村春子賞、最優秀男優賞、菊田一夫演劇賞演劇賞など受賞。
阿部サダヲSadawo Abe
1970年千葉県生まれ。92年より、大人計画に参加。舞台のみならずテレビドラマや映画でも活躍。テレビドラマ『マルモのおきて』、映画『舞妓Haaaan!!!』 、『殿、利息でござる!』、『彼女はその名を知らない鳥たち』など。大河ドラマには『元禄繚乱』(99年)、『平清盛』(12年)、『おんな城主 直虎』(17年)に出演している。
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』
NHK 総合 日曜よる8時〜
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇圭、屋敷陽太郎、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか
文筆家。主な著書に「ケイゾク、SPEC、カイドク」(ヴィレッジブックス)、「SPEC全記録集」(KADOKAWA)、「挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ」(キネマ旬報社) 、共著「おら、あまちゃんが大好きだ! 1、2」(扶桑社)、「蜷川幸雄の稽古場から」、構成した書籍に「庵野秀明のフタリシバイ」、ノベライズ「マルモのおきて」「リッチマン、プアウーマン」「デート?恋とはどんなものかしら?」「恋仲」「IQ246~華麗なる事件簿」など。
初めて手がけた新書『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が発売中!
その他、エキレビ!で毎日朝ドラレビュー連載。ヤフーニュース個人でも執筆。
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