新井浩文さんに追いつめられるシーンでは
現場を逃げ出そうかと思った(森岡)
――現場に入ってからの監督の印象はいかがでしたか?
森岡 逞しいというか、頼もしいとうか……。とにかく僕は追いつめられまくりました(笑)。特に新井浩文さんに追いつめられるシーンでは、「ふざけんな、ヘタクソ!」ってOKが全然出なくて、現場を逃げ出そうかと思ったくらいです。でも同時に、謙作さんに行けば着いていけば大丈夫だろうというところもあって。だから、厳しくもあり、優しくもあるというか。あと外見的な特長で言うと、常に爪楊枝を咥えていましたよね(笑)。
前野 確かに優しい。役者の資質をすごく尊重してくれるんですよ。だからというか、これは撮影後に森岡君と話してわかったんですが、役者ごとに演出が違う。僕には厳しくなかったし、「ヘタクソ!」とも言われませんでした(笑)。だけど、それ以上に監督ならではの世界観に圧倒されましたね。脚本を読んで「こういうことだろうな」と想像していたことは、ことごとく裏切られましたから。
森岡 本当に。脚本で読んだ印象と現場で立ち上がっている世界が全然違ったよね。“エミアビ”のファンであり、前野君が演じた海野の意中の人である雛子の部屋のセットがまさにそう。脚本には「エミアビグッズが並んでいる」って書いてあったけど、「ここまでする? めちゃくちゃ面白いじゃん」ってくらい徹底されていて驚きました。
前野 そういう驚きは絶えない現場だったよね。僕のシーンに関して言えば、チンピラたちにからまれるシーンがそう。チンピラの1人を演じた日向丈さんが何の前触れもなく失語症になるんですよ(笑)。急だったのでびっくりしました。
森岡 そういう現場での思いつきみたいな細部が結構あったよね。現場で演技をする中で出てきたアイデアを積極的に採用してもくれたし。
前野 個人的には「やるべきところはとことん極める」という姿勢にも感動しました。僕が出たシーンで言えば、車の窓ガラスを割るところとか。どうやって撮るのかなと思っていたら、車内に雛子ちゃんを入れたまま、フルスイングで実際に割らせちゃうんですよ。もちろん、しっかり養生してはいましたが、これには痺れました。もう一つ、僕がオナラで空を飛ぶというシーンについてですが、それを目撃してしまった人たちの反応に対して、謙作さんは「そんなんじゃない! 普通はもっと驚くだろ!?」って怒っていたんですね。もちろん、みんなはオナラで飛ぶ人なんで見たことがないので戸惑っていましたが(笑)、そんな感じで一事が万事「普通はこうでしょ?」っていう「普通」が「普通」じゃない。そういう謙作さんの価値基準は面白かったです。
森岡 それは初めて聞いたけど、俺も初日にキツかったのはそのズレ。「本当にすみませんでした」って言っても「違うんだよ! お前の土下座にはプライドがへばりついてんだよ!」って認めてくれませんでした。貯金箱を投げつけられるシーンも「びえーっと逃げろ!」と言われて、「そっちなんすね?」って(笑)。髪型にしてもそう。「あ、金髪なんだ。EXILEさん系ではなくつんく♂さん系のモテキャラね」みたいな(笑)。まぁ、そのズレが面白かったんですけど。
――確かに、日常生活の中でドッキリを仕掛けたり、空から急にタライが落ちてきたり、シュールレアリズム的と言いたくなるような不思議な細部に溢れていましたね。
森岡 そういう細部に関して、新井浩文さんが面白いことを言っていました。ラスト近くで新井さんと俺の顔にあった傷がいきなり消えるシーンがあるんですが、「これなんだかわかる? 鈴木清順監督だよ」と。それで俺もなるほどと思ったんです。というのも、清順監督は何が起こるかわからない映画ばかりを作ってきたわけですが、渡辺監督は清順監督の弟子であるわけだから、そのオマージュかなと。
でもね、漫才って、
すごい健康にいいんですよ(前野)
――ところで、森岡さんは新井さんに追いつめられるシーンに苦労したとお話していましたが、前野さんはいかがですか?
前野 僕は最初の漫才シーンですかね。(自分では)面白いと思いながらやってはいるんですけど、果たして本当に面白いのかわからないんです。そこの不安は今でも持っているんです。だから、早くお客さんの反応が知りたいです。
――漫才といえばキャンペーンの一環でM-1グランプリにもエントリーしているとのことですが、手応えはいかがですか?
森岡 それが全然ないんですよ。そもそも1回戦でネタを飛ばしちゃいましたから……。
――映画が終わっても、エミアビの活動を続ける予定はありますか?
森岡 まぁ、飲み会の席の宴会芸的な感じでやることはあるかもしれないです(笑)。
前野 でもね、漫才ってすごい健康にいいんですよ。体力も使うし、頭も使うし。ボケ防止になるので、たまにやるのはいいかもしれません(笑)。
取材・文 :鍵和田啓介 / 撮影:田里弐裸衣
森岡龍(左)Morioka Ryu
1988年、北海道生まれ。『茶の味』(2004)に俳優として映画デビュー。『君と歩こう』(10)、『あぜ道のダンディ』(11)、『舟を編む』(13)など石井裕也監督作品の常連俳優となる。ドラマでは『あまちゃん』(13/NHK)、『天皇の料理番』(15/TBS)、『64』(15/NHK)、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(16/CX)などに多数出演。大学在学中から映画監督としても活躍、『つつましき生活』(08)、『硬い恋人』(10)『ニュータウンの青春』(11)がPFFに3度入選。12年に劇場初公開した映画『ニュータウンの青春』は、PFFアワード2011エンタテインメント賞(ホリプロ賞)を受賞、第16回釡山国際映画祭に招致され、監督としても今後が期待される。
前野朋哉(右)Maeno Tomoya
1986年、岡山県生まれ。石井裕也監督の『剥き出しにっぽん』(05)に俳優として映画デビュー。主な出演作に、『桐島、部活やめるってよ』(12)、『図書館戦争』(13)、『青天の霹靂』(14)、『日々ロック』(14/入江悠監督)、『娚の一生』(15/廣木隆一監督)、『イニシエーション・ラブ』(15/堤幸彦監督)、ドラマ『マッサン』(14/NHK)、『重版出来!』(16/TBS)など。主演・監督をつとめた『脚の生えたおたまじゃくし』(10)はジョニー・トー監督が絶賛、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で2冠に輝く。もんげー岡山PR動画の桃太郎役と並行して、auのCM「三太郎シリーズ」に一寸法師役として出演、その独特なキャラクター性が話題を集めている。
映画『エミアビのはじまりとはじまり』
STORY
人気絶頂の漫才コンビ“エミアビ”が窮地に立たされていた。ツッコミ担当の海野が女性とのデート中に不慮の事故で亡くなってしまったからだ。1人残されたボケ担当の実道は、これから芸人としてどうすればいいのかわからない。そんな中、 “エミアビ”の結成に手を貸した元漫才師の黒沢(海野のデート相手の兄でもある)は、実道をある“教育的な方法”で叱咤激励するのだが……。森岡龍、前野朋哉、新井浩文、黒木華などなど、今をときめく若手俳優たちが集結。鬼才・鈴木清順監督のもとで修行を積んだ渡辺謙作監督らしく、ある意味でアヴァンギャルドな細部を多分に含んだ青春映画に仕上がっている。
スタッフ
監督:渡辺謙作
キャスト
森岡龍(実道憲次)
前野朋哉(海野一哉)
黒木華(高橋夏海)
新井浩文(黒沢拓馬)
山地まり(黒沢雛子)
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか、全国順次公開中。