Sep 10, 2016 interview

『あまちゃん』俳優と“一寸法師”のコンビがM-1グランプリに殴り込み?!映画『エミアビのはじまりとはじまり』森岡龍×前野朋哉インタビュー

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「渡辺謙作」をご存知だろうか? 鬼才・鈴木清順監督の演出助手として映画界入りし、『ラブドガン』や『フレフレ少女』といった監督作を手がけつつ、脚本も多数執筆、『舟を編む』では日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞という一筋縄ではいかない“娯楽”映画監督である。そんな渡辺が実に8年ぶりに監督したのが若手漫才コンビ“エミアビ”の物語『エミアビのはじまりとはじまり』。そこで抜擢されたのが、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』や『天皇の料理人』など話題のドラマ出演が相次ぐ主演の森岡龍と、映画『桐島、部活やめるってよ』で注目を集め、auのCMでは一寸法師役でおなじみの前野朋哉という、いま旬の若手俳優の2人だ。人気絶頂の漫才コンビ“エミアビ”を演じた彼らは、実際に劇中の漫才のネタも自ら作ったうえ(!)撮影準備を進める一方で、お笑いコンテスト「M-1グランプリ」にも参戦して、見事初戦を突破。来月の2回戦に向けて新天地も期待される(?)2人に話を聞いた。

 

どんな映画になるか、まったくわかりませんでした(森岡)

――『まず最初に、脚本を読んだ印象を教えてください。

森岡 どんな仕上がりになるのかまったく見えませんでした。漫才コンビの映画で、片方が亡くなって、取り残されたもう1人が復活するという物語自体はわかるんですが、それが映画になったときにどういう手ざわりになるのかわからないというか。でも、そのぶん、いろんな可能性を秘めているんだろうな、と。あとはやっぱり漫才のシーンですよね。これをどうやるかが大事になるだろうなと思いました。

前野 僕も同じです。全体像がまったく想像できなかった。「こういう映画だ!」とひと言で言えないというか。でも、とにかく森岡君と漫才をやるのはとても楽しそうだから、わかんなくてもいいやって。それでとりあえず監督に会いました。

――本作は近年の日本映画には珍しく90分以内に収まっています。これは監督の強い意志によるものだろうと思いますが、脚本を読んだ時点で監督のそうした意志は読み取れましたか?

森岡 シンプルな脚本ではあるなと思いました。細かくいろいろことが起きるというよりも、ポンポンポンとシーンが並んでいたので。だから、長い映画になるとは思いませんでした。

前野 監督も「そんなに長くしたくないんだよね」って言っていたような気がします。

――また、本作は森岡さんと前野さんが組む漫才コンビの映画でありながら、2人が一緒の空間にいるシーンはほとんどありません。にもかかわらず、漫才シーンではコンビとしてのグルーブ感がしっかり出ているのが凄いと思いました。そもそも2人は仲が良かったのですか?

森岡 そういうわけでもないんです。前野君は石井裕也監督の(大阪芸術大学時代の)後輩で、俺は俳優として石井組に参加したことがあるという間柄で出会って、ひょんなことから同じ事務所に入ったという。だから、感覚的には兄弟弟子みたいな感じですかね。

 

(C)2016「エミアビのはじまりとはじまり」製作委員会

(C)2016「エミアビのはじまりとはじまり」製作委員会

 

――森岡さんは学生時代にM-1グランプリにエントリーしたそうですが、前野さんはこれまでに漫才経験があったのですか?

森岡 ゼロでした。『青天の霹靂』の中でちょっとだけ漫才をしているのですが、それくらいです。

――では、撮影に入る前にかなり準備をされたのでは?

森岡 クランク・イン前の1カ月は、毎日のように前野君と一緒に過ごしました。最初の頃には漫才を見に行ったり、カラオケに行ったり、飲みに行ったりしながら親交を深めて、後半は漫才のネタを固めていきました。

前野 そうやってネタを固めていったので、最初に脚本に書いてあったものからはずいぶん変わりました。監督が書いてきたネタを2人で読みながら、「これはこう変えよう」とか話し合ったりして。

森岡 今回の映画については、劇中での漫才のネタが変わると、物語も微妙に変わってくるという特殊なスタイルだったので、物語自体も最初の脚本とは違う感じになったんです。

 

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自分たちなりの漫才をするしかないって
気持ちがどこかにあったんです(前野)

――演じるにあたって、他の映画を参考にしたりはしましたか?

森岡 したかったんですけど、そもそも漫才映画ってあんまりないんですよね。アメリカ映画だと、どうしてもスタンダップ・コメディアンの映画になってしまいますし。『漫才ギャング』は見ましたけど、それくらいですかね。

前野 そうなんですよ。でもそうやって別の作品を参考にすることが、この映画にとって正しいことではない気もしていて。漫才監修の先生をつけなかったのもそうなんですけど、漫才って何かを参考にしちゃうとその“何か”にしかならない。しかも、その“何か”以上に上手くもできない。だったら、自分たちなりの漫才をするしかないって気持ちがどこかにあったんです。だから、僕ならテンパっているときが笑えるとか、森岡君なら調子乗っているときが面白いとか、そういう僕らの人間性を汲み取りながらネタを仕上げていきました。

 

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