Aug 13, 2019 interview

矢口史靖、日本でミュージカル映画を作る難しさ&『ダンスウィズミー』完成までの苦労を明かす

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山下久美子が軽快に歌った1990年代のヒット曲『Tonight 星の降る夜に』で幕を開ける、ごきげんなミュージカルコメディ『ダンスウィズミー』。オーディションで選ばれたフレッシュなキャストが体当たり演技を披露した『ウォーターボーイズ』(01年)や『スウィングガールズ』(04年)を大ヒットさせた矢口史靖監督の最新作だけに、体を張って踊って歌う三吉彩花たちメインキャストにたっぷり感情移入できる快作となっている。催眠術の不思議な力、日本でミュージカル映画を撮ることの難しさ、学生時代の愛読誌まで、矢口監督にこだわりの数々を語ってもらった。

催眠術がキャストの名演を引き出した?

――『ダンスウィズミー』のエンドロールが流れ出した瞬間、「終わるのがもったいない!」と感じました。楽しい夢が終わってしまうような気持ちになります。

そう言っていただけると、うれしいですね。今回、いろんな年代のヒット曲を使ってダンスシーンを撮っているんですが、どれも「もう少し、聴いていたいな」と思わせるくらいの腹八分目を目指して作りました。できれば、観客のみなさんに「もっと観たい!」と感じてもらいたかったんです(笑)。

――作品のモチーフが音楽というのは『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』と共通するもの。旅に出た主人公が次々とトラブルに巻き込まれていくというブラックな展開は、デビュー作『裸足のピクニック』(93年)からの矢口監督の持ち味ですね。

そうですね。『ウォーターボーイズ』から始まった音楽映画の系譜と、主人公がとんでもない目に遭うというデビュー作からのスタイルをハイブリッドしたものです。ミュージカル映画はもともと好きではあったんですが、ハリウッドなど海外のミュージカル映画は主人公たちが街で突然歌い踊り始め、誰にも咎められずしれっと終わりますよね。そこに引っ掛かっていたんです(笑)。「あなた、いまそこで歌ってましたよね!?」というツッコミ厳禁の鉄則を破ってみたかった。ちょっと過激かな、とは思ったんですが、日本でミュージカル映画ができないかと考えた時に、主人公は催眠術に掛かって、音楽が流れると勝手に体が踊り出す――という設定を考えついたんです。

――宝田明さん演じる催眠術師・マーチン上田がいい感じの怪しさです(笑)。催眠術には興味があったんでしょうか?

心理作用が身体にどのような影響を与えるか、という点では興味を持っていました。催眠術の映画を撮るつもりではなく、あくまでもミュージカル映画を成立させるためのスイッチとして扱っていますが、1990年代前半にマーチン・セント・ジェームスが来日して催眠術ブームが起きたことは印象に残っていました。米国で有名な催眠術師が日本に出稼ぎにきていたわけですが、けっこうテレビに出ていて、スタジオにいた芸能人たちに片っ端から催眠術を掛けていたんです。2~3年で催眠術ブームが終わって彼は米国に帰っていきましたけど、催眠術に掛かった人たちが、大根を丸かじりしたり音楽が流れると踊り出す様子はおもしろかったですね。

――マーチン上田にはモデルがいたんですね。『ダンスウィズミー』を観ていると、おもしろい映画には催眠効果があるんじゃないかという気がしました。音楽とダンスシーンの迫力に魅了され、上映中はずっと主人公の静香(三吉彩花)に感情移入して見入っていたように思います。

なるほど、それはおもしろい感想です。「ミュージカル映画が嫌いだったけど、この映画を観て好きになった」という人もいました。もしかしたら、映画には不思議な力があるのかもしれません。でも、監督である僕がそのことを積極的に口にすると「怪しい人」と思われるので控えたいと思います(笑)。実際の催眠術は、間近で見てすごいと思いました。撮影現場に、催眠術シーンの監修のために催眠術師の十文字幻斎さんに2度来てもらったんですが、やしろ優さんが生のタマネギを「甘い、甘い」と丸かじりするシーンは本当に催眠術に掛かっているんです。

――演技ではなく、本当の催眠効果なんですか。

やしろ優さんが生のタマネギを美味しそうに食べる表情が演技なら、彼女は本物の女優になれます(笑)。面識のない人が催眠術に掛かっても、「どうせ、演技でしょ」と思うかもしれませんが、面識のある人が催眠術に掛かるのを見るとびっくりします。ただし、催眠術に掛かりやすい人と掛かりにくい人がいるらしく、僕はまったく掛かりませんでした(笑)。