Jun 30, 2022 interview

矢本悠馬インタビュー 楽しい人でいようと思ったから『破戒』では作品を背負いすぎず自然体で演じた

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―― 矢本さん演じた【銀之助】は一番観客に近い役柄です。【丑松】との名シーンでは【銀之助】がどのように対応するのか自分毎のように見守っていました。

あのシーンは難しかったです。台本を読んでいる時に自分の台詞と感情を線にしてある程度の演技プランは考えていました。でも自分の同僚で仲の良い友達に「自分は部落出身だ」と打ち明けられた時のリアクションは、実際に言われてみないとわからない。台詞が出る間とか、映画の作品を通して心地良くなくていいから(間宮)祥太朗演じる【丑松】の台詞を受けた時に、その場でどう感じるのか、どんなリアクションをしていくのか、まるでギャンブルのような芝居の仕方をしていました。ある種、賭けでした(笑)。

―― 間宮さんも「あのシーンは(矢本)悠馬だから出来た」とインタビューした時、仰っていました。

何も考えずに自然体で本番にのぞみました。「こんな風に芝居をしよう」とかは考えず、台詞を受けて、イイのが返せたら祥太朗には良いパスになるのかな?みたいに思いながら、生ものみたいな感じで演じていました。

―― 何度もお仕事をご一緒していて友達でもある間宮さんを役者として一言で例えるならなんでしょうか。

頑固じゃないかな。真っすぐというか、一緒に共演している時やプライベートで飲んでいる時のイメージですが「自分はこの役をこう演じたい」という発想があったら周りの意見をあまり聞かずに「俺はこうしたい」というのを若い頃から突っ走って来ているように見えます。僕は飲みの場であまり芝居の話をしませんが、役者仲間と飲んでいる時でも祥太朗は「そういう意見もあるけど、俺はあの映画が好きだ」と周りに流されることなく自分の意見を曲げない、いい意味で頑固ものだと思います。ブレないんです。

―― 自分を役者として一言で例えるなら。

自分は‥‥祥太朗とは真逆かな(笑)もちろん芯はブレませんが、何でも「いいな、素敵だ」と思ってしまうんです。それこそドラマや映画は好きなもの以外はいっさい観ないようにしています。皆さん面白いことをされているので、色々と影響を受けてしまって自分のオリジナリティが消えてしまうと思うからです。柔軟過ぎるのかも‥‥。その点でも【銀之助】という役柄は僕に合っていたと思います。僕は影響されやすいので、色々な情報を得たら「こっちもいい、あっちもいい」と吸収してしまうタイプなんです。

―― 今31歳の矢本さんですが、30代になられて、人としてこうありたいと思うものはありますか。

今の自分をそこそこ気に入っているので、ベースは変わらず、より人に優しくなりたいです(笑)。私生活も仕事も年々、真面目になってきています。昔は余裕もなくて自分のことしか考えていなかったけど、今は家族が出来て、子どもが生まれて昔よりも他人に対して思いやりをもって接するようになっていると思っています。芝居だけを磨くのではなく、思いやりや精神面も、人として魅力ある人間になっていきたいと思います。

―― 家族を持つとちょっと変わりますよね、気付かされるというか。

子どもを育てていますが、子どもに自分が育てられている気がしています。まだまだ子育ても大変でイライラすることもあります。自分が何でイライラしたのか、イライラしないためにはどうすればいいのか、子どもを叱ることが正解というわけでもない、家族が出来たことで自分と向き合う時間が増えたのかもしれません。

子どもが産まれる前にも父親役を演じたことはありますが、子どもが産まれてから父親役を演じるのでは全然違いました。“やっぱり経験だ、子どもが産まれていないと父親役を演じることなんて出来ない”と思ったほどです(笑)。若い頃に経験できなかったことを30代で挑戦したり、経験したりしたいです。そうすれば役の幅も広がるし、もっともっと引出しも増えると思うので。まだこれからも成長あるのみですね。

自分の性質や魅力に気付いている上で演技アプローチを作り上げていく矢本悠馬さん。それは舞台挨拶でも同じ立ち方で周囲を柔らかくするトークと掛け合いで、会場を和ませるのです。矢本さんの演技やトークを見ていると、「人との楽しい場作り」という言葉が浮かんできます。だから一度会うと、“一緒に仕事がしたい”と人々に思わせてしまう。まさに愛されキャラの矢本さんに、今作では大いに泣かされ、学ばされ、無知や無意識の「差別」と向き合うことの大切さに気付かされるのです。

文 / 伊藤さとり
写真 / 奥野和彦

作品情報
映画『破戒』

瀬川丑松は、亡くなった父からの強い戒めを受け、自分が被差別部落出身ということを隠して、ある小学校の教員として奉職し、下宿先の士族出身の女性・志保との恋に心を焦がしていた。友人の同僚教師・銀之助の支えはあったが、学校では丑松の出自についての疑念が抱かれ始め、苦しみのなか丑松は、被差別部落出身の思想家・猪子蓮太郎に傾倒していく。「人間はみな等しく尊厳をもつものだ」という猪子の言葉に強い感動を覚えるが、猪子は演説後、政敵の放った暴漢に襲われる。この事件がきっかけとなり、丑松はある決意を胸に、教え子たちが待つ最後の教壇へ立とうとする。

監督:前田和男

出演:間宮祥太朗、石井杏奈、矢本悠馬、高橋和也、小林綾子、七瀬公、ウーイェイよしたか(スマイル)、大東駿介、竹中直人、本田博太郎、田中要次、石橋蓮司、眞島秀和

配給:東映ビデオ

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

2022年7月8日(金) 丸の内TOEIほか全国公開

公式サイト hakai-movie.com

伊藤 さとり

映画パーソナリティ
年間500本以上は映画を見る映画コメンテーター。ハリウッドスターから日本の演技派俳優まで、記者会見や舞台挨拶MCも担当。 全国のTSUTAYA店内で流れるwave−C3「シネマmag」DJであり、自身が企画の映画番組、俳優や監督を招いての対談番組を多数持つ。また映画界、スターに詳しいこと、映画を心理的に定評があり、NTV「ZIP!」映画紹介枠、CX「めざまし土曜日」映画紹介枠 に解説で呼ばれることも多々。TOKYO-FM、JFN、TBSラジオの映画コーナー、映画番組特番DJ。雑誌「ブルータス」「Pen」「anan」「AERA」にて映画寄稿日刊スポーツ映画大賞審査員、日本映画プロフェッショナル大賞審査員。心理カウンセリングも学んだことから「ぴあ」などで恋愛心理分析や映画心理テストも作成。著書「2分で距離を知事メル魔法の話術」(ワニブックス)。
2022年12月16日には最新刊「映画のセリフでこころをチャージ 愛の告白100選」(KADOKAWA)が発売 。 https://www.kadokawa.co.jp/product/302210001185/
伊藤さとり公式HP: https://itosatori.net