――そういった意味も踏まえて、リリーさんは『blank13』で齊藤工監督作品に出演されています。監督として作品を生み出している齊藤監督をどのように見ているのですか。
リリー 監督としての工君は、自分が演じる側に居る人なので演じる人に対しての気配りは物凄いです。凄く役者を見ている監督ですよ。「ここはテストをやらずに本番にいきたい」という俳優視点でも考えている人だし、何よりも信頼出来るんです。映画に対する知識も愛情もあるので工君の企画だったら、観客動員とかは最初から度外視していて、コンテンツとして自分が出演したことで得る喜びというか、誇りになるようなものを作ってくれるし、そういう作品しか誘ってこないですしね。
心配なのは小林有衣子プロデューサーさんと清水康彦監督ぐらいかな(笑)小林プロデューサー、清水監督、齊藤工君、この3人の映画製作トリオがいいんです。チャレンジングというか、めっちゃ瞬発力がある。工君は行動力があるのにさほどコミュニケーションはしてこないのでそれが面白いんです(笑)
――リリーさんはご自身で出演作を選ばれているとお聞きしましたが、一番の決め手はなんですか。
リリー 嗅覚ですね。「これは香ばしい感じになるか、甘酸っぱい感じになるのか」みたいな感じで、最初から「これだ!」と思うんです。脚本もありますけど、その組織図全体から漂ってくる匂いがあるんです。昔、有名なプロデューサーに「最近映画を観る時、リリーが出演しているかチェックする。お前が出演しているなら多分面白いから」と言われて凄く嬉しかったです。もちろん、友達と実験的なことをする時もあります。それでも確実に色んな面白い側面があります。
――リリーさんは瞬発力があって柔軟ですよね。
齊藤 以前、リリーさんが「企画書でこの映画はカンヌを目指しますと言っている映画は、だいたいカンヌに行かない」と仰っていて“本当にそうだな”と思って(笑)それを伺ってから「掲げ過ぎない」というのは凄く大事だと思っています。
リリー そうそう、『blank13』の企画書がめちゃくちゃ香ばしかったんです。「この映画はゆうばりファンタスティック映画祭を目指します」と書かれていて、謙虚過ぎだろって(笑)
齊藤 ゆうばりファンタスティック映画祭は熱い映画祭なので。
リリー 「この人達は夕張を復興しようとしている」と思いました。
――齊藤プロデューサーの人柄からリリーさんの仰る通りだと思います。では日本映画界の未来はどうあって欲しいですか。
齊藤 願望はもちろんあります。でも戦後から変わっていない比率みたいなものがありますよね。収益配分では映画館が50%とか、宣伝・配給・製作それぞれの配分が取り決めみたいになっているものです。日本映画界の構造がちょっと海外のバイヤーからすると不健康に見られているのかなと思います。僕はサブスクリプションの台頭というのは、そういう面では“いいんじゃないかな”と思っています。外資的な作品の生まれ方って現場の人間にとっては健全だったりするんです。
リリー 日本は昭和のシステムをいまだに引きずり過ぎているからね。映画だけでなく、書籍も「何でセールしてはいけないの?」など、いつまでもそれを行っていると誰も得をしない。表現をしている人の最終的な目標は「いいものを作ること」なので、いいものを作るためのシステムを変える必要があると僕は思います。どこかでレボリューションがないと何も変わらないので。
でもこの映画のように4ヵ月前に撮ったものがもう劇場で上映され、すぐにサブスクにもなっている。こうなってくると「果たして視聴率って何?興行って何なんだ」と思いますよね。根本的なものだった視聴率や興行をずっと気にしていたけれど、後5年も経てば皆、壊れていっていると思います。だって先進国の中で一番デジタル化が遅い国が日本ですから。他の国だったらきっと「そこないな」というようなお金のかけ方を日本はいっぱいしていると思いますよ。そういう無駄遣いがドンドンと無くなっていけばいいと思います。
齊藤 そうですね。今は意味深い時期にあると思います。そんな中でリリーさんに52分という作品に出て頂いて、今後の展開としてアグレッシブルになっていく作品にしていきたいなと、そうすべきだと思っています。
リリー 恐らく作品の性質上、この作品に2は無さそうですから観た方がいいですよ(笑)
齊藤 シーズン2「4日目のカレー」とかですかね(笑)
暗がりの部屋で耳をすませてラジオを聴き、雨の音やカレーライスを作る音に耳を傾ける。停電の中、テーブルにひとり座る男を照らす電球から感じる孤独さ。それでもひとりじゃないと感じるのは、ラジオから聴こえてくるパーソナリティの声。視覚と聴覚を研ぎ澄まし、カレーライスを煮詰める音で臭覚も敏感になる本作。ワンシチュエーション、一人芝居と銘打っても、アイデアにより無限な表現方法を映画では叶えられることを教えてくれる『その日、カレーライスができるまで』。感性の鋭い俳優と製作陣による上質な作品を、映画館という極上の空間で味わい、物語に酔いしれて欲しいと願っています。
文 / 伊藤さとり
写真 / 奥野和彦
どしゃぶりの雨のある日、とあるアパートの一室。くたびれた男が台所に立つ。毎年恒例、三日後の妻の誕生日に食べる特製カレーを仕込んでいるのだ。愛聴するラジオ番組ではリスナーの「マル秘テクニック」のメール投稿を募集している。すると男はガラケーを手に取り、コンロでぐつぐつと音をたてる特別な手料理についてメールで綴り始める。その横では、幼くして亡くなった息子の笑顔の写真が父の様子を見守っている・・・。「今年も妻の誕生日にカレーを作っています」「ただ、色々あって今年は一人です」・・・ある夫婦を繋ぐラジオ番組とカレー。絆で結ばれたふたりだけに訪れる、特別な奇跡の物語。
監督・脚本・編集:清水康彦
企画・プロデュース:齊藤 工
出演:リリー・フランキー
(声):中村羽叶、吉田照美、岡田ロビン翔子、黄 栄珠、福田信昭/神野三鈴
配給:イオンエンターテイメント
©2021『その日、カレーライスができるまで』製作委員会
2021年9月3日(金) 全国順次公開
公式サイト sonocurry.com
※同時上映
短編映画 『HOME FIGHT』
監督:清水康彦
出演:伊藤沙莉、大水洋介(ラバーガール)