初めて観た時、縦横無尽に動きながらクネクネと変化を遂げるキャラクターとビビットな色彩に魅せられ、とにかく五感を研ぎ澄ませてスクリーンに集中したのです。字幕を見ずとも絵だけで伝わってくる素晴らしさに目を輝かせ、気付けば犬のマロナが愛おしくて仕方がなかったんです。東京アニメーションアワード2020で長編アニメーション部門グランプリ受賞というのも納得。死生観を犬から学び、愛することの意味を犬から教わる愛の物語『マロナの幻想的な物語り』。8月29日より<字幕版>先行公開、9月11日より<日本語吹替え版><字幕版>全国順次公開を前に、マロナの吹替えを担当したのんさんにお話を聞きました。
再生ボタンを押すとのんさんのトークがお楽しみいただけます
―― 『マロナの幻想的な物語り』を最初に観た時の感想を教えて下さい。
凄くアートな映像表現だったのが面白かったです。一人一人、人間の描き方が全部別人で絵の中でしかありえないくらい変わっていったので“こんなに違うタッチで同じ画面で共存していてもいいんだ”という驚きが凄くありました。
そして、マロナ(犬)の目線で人の世界を見た時に、こんなに複雑で色々な物が入り乱れているのが見えて、それも凄く衝撃的でした。
―― 字幕版と吹替え版を見させて頂いたのですが、冒頭の、のんさんの声を聞いた時、字幕版とはまた違うのんさんの世界観が生み出されていました。あの声のトーンは、どのような思いで生まれたんですか?
最初の方は、マロナの状況からちょっと意識が薄くなっている感じを大切にしました。マロナが“自分のことを思い出してね”ということをソランジュだけでなく、映画を観ている人達にも向けて言っている風にも取れるような台詞になっていればいいなという思いでやりました。
―― トーンもあえて、少し淡々としていましたよね。
そうですね。心の声だったりもするので、淡々となってしまうところもあったと思います。マロナが凄いところは、犬目線だからこそなのかもしれませんが、人間のことを滅茶苦茶外側から見ているんです。その感じから凄く鋭い子だと思いました。
―― 確かにマロナは、洞察力がありますよね、人間の欲深さにも気付いていて。この映画を観てアニメーションの可能性を凄く感じました。日本のアニメーションは分かりやすいくらい可愛らしいキャラクターが多いですよね。でも今作は、まさにアートという言葉が似合うルックスで、劇中で姿形も変わりますよね。普段、絵を描かれているのんさんには、この絵はどのように見えたのですか?
“別々の人が全部のシーンを書いたのかな?”っていうくらい場所の描き方とか工事現場はカクカクしていたり、シーンによってタッチが全然違う。おばあちゃんの顔も表情によってパーツが無くなったりしちゃう(笑)色々なアイディアが詰まっていました。曲芸師のマノーレみたいに体がグネグネクルクルしたり、イシュトヴァンはもうガテン系な感じで、普通の人間っぽく見えていて、夫婦でも真っ黒な人と違う色の人という感じで描いていたので“これでいいんだ”って驚きました。
―― のんさんは、どういう時に絵を描きたくなるのですか?
“描きたい”っていう欲だけが湧き出てきた時に、キャンバスやスケッチブックとかを取り出して、そこから思うままに絵を描く感じです。“こういうのを描きたい”と決めている時もありますが、大体は衝動だけが湧いて、発想はスケッチブックに向かってからって感じです。
―― それはどこかに行った時、何かを感じてインスピレーションで描く感じですか?
ありますね。描きたい欲を触発される展示を見たり、映画やドラマを観て“私も何かをやりたい!”という衝動が生まれて来て、“悔しい、自分も描きたい”って気持ちが沸いた時に描きます。
―― やはり絵を描くことは感情表現の一つ?
そうですね。何かで表現しないと描かないと落ち着けない時にぶつけるものです。ただエネルギーを絵に閉じ込めている感じです。
―― アートって表現なんですよね。この映画も自由表現と感じずにはいられない面白さがありますが、劇中の好きなシーンを教えて下さい。
マノーレとの日々の中での、透明人間が出て来るところです。何でマロナには顔が見えないんだろう?っていうのは凄く想像を刺激されました。
―― あれは面白いですよね。“なんで一人だけ透明人間なんだろう?”って私も凄く思いました。まさに発想力、何でもあっていいんですよね。
それがまた意味を持っている。“どういう意味なんだろう”ってそれぞれが解釈できる表現だなって、面白かったです。
―― のんさんは、演技はもちろん、音楽も映画も作られ、絵も描かれています。そういった中でアニメーションを作ってみようと思ったことはありますか?
アニメーションの世界は全然わからないし、“アニメを作ってみたい”という思いよりも感動の方が強かったです。
『この世界の片隅に』(公開:2016年)の片渕監督の製作現場に行ってキャラクターを描かせて頂いたことがあるんです。“これとこれを描いたらちゃんと出来るよ”みたいな感じで教えて頂いて指導を受けながら、自分のキャラクターを描いて、簡易的に動かして頂いたんです。自分の描いたキャラクターが動いているのを観た時は、凄く感動しました。