Dec 08, 2023 column

『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』 新たなチョコレート革命は、ティモシー・シャラメのまなざしからはじまる

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 ウィリー・ウォンカとパディントンベア

『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』の、そしてウォンカ=ティモシー・シャラメの軽快なヒップさの遠く向こう側にポール・キングがこよなく愛するチャールズ・チャップリンの『キッド』(1921)のイメージ、サイレント映画の喜劇役者のイメージが滲んでいる。『パディントン』シリーズのパディントンベアは、サイレント喜劇役者のイメージからインスパイアされたキャラクターだったという。ポール・キングは同様のイメージをウォンカに重ね合わせている。どんな人にも相手のいいところを見つける愉快で心優しき子熊のパディントン。本作のウィリー・ウォンカはパディントンのキャラクターとよく似ている点がある。思い返せば『パディントン2』(2017)において、無実の罪で囚人生活を送っていたパディントンは、スウィーツを作って囚人仲間を喜ばせていたではないか。ポール・キングが本作を撮るのにふさわしい映画作家であることは明白であり、それどころか運命的なものすら感じる。

また、移民や孤児といったテーマにおいて『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』と『パディントン』シリーズは見事に符合している。拾われた少女ヌードルは、強欲な宿屋の主人(オリビア・コールマン)によって囚われの身となっている。ウォンカが地上に降りるように始まった物語は、地上から地下へ物語の舵をとる。ウォンカは地下に閉じ込められた少女と共に地上へ、そして空に目掛けて上がっていく。夢を見ることが禁止された町で。重力に抗って、上へ上へと登っていく物語。ピュア・イマジネーション。“この町の空にどんな夢を思い描くか?”ということこそ、本作が撮られた強い動機であり、最大のテーマなのだろう。

本作では冒頭からウォンカ=ティモシー・シャラメの歌声を聴くことができる。ウディ・アレン監督の『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(2019)でピアノの弾き語りを披露していたティモシー・シャラメ。そのシルキーで甘い歌声が本作のトーンを決めていると言っても過言ではない。ポール・キングはティモシー・シャラメが高校生時代に出演したミュージカルをYoutubeで見て、彼が歌って踊れる俳優であることを事前に知っていたという。ウォンカ=ティモシー・シャラメの美しい歌声は、ポール・キング曰く「ビング・クロスビーを思い出させる」。またティモシー・シャラメがCMで、かつてジョニー・デップが演じたシザーハンズを演じていたことも、ウォンカ役へ至る運命的な導きがあらかじめ準備されていたと感じずにはいられない。

運命といえば、本作のプロデューサーを務めたデヴィッド・ハイマンのエピソードも興味深い。『ハリー・ポッター』シリーズのプロデューサーであるデヴィッド・ハイマンは、『チョコレート工場の秘密』の著者ロアルド・ダールの最後の妻フェリシティー・クロスランドと親交があり、ロアルド・ダールの書斎ジプシー・ハウスに滞在した経験がある。そこに居合わせたのが『ファンタスティックMr.FOX』(2009)を撮ろうとしていたウェス・アンダーソンとノア・バームバックだったという。ノア・バームバックとは彼のパートナー、グレタ・ガーウィグと共に『バービー』(2023)を撮ることになる。デヴィッド・ハイマンは、ロアルド・ダールの作品を好きなことが『ハリー・ポッター』に興味を持つきっかけだったと語っている。すべてはつながっている。

そしてポール・キングの映画作家としての作家性は、ウェス・アンダーソンの作風にかなり近いものがある。実際『パディントン』を手掛ける際、ポール・キングはウェス・アンダーソンのアングルを思い浮かべていたという。私見では、ウェス・アンダーソンの意匠をこれほど正確に、リスペクトを持って継承している映画作家は他にいない。そこにはスタイルの模倣だけでは辿りつけない映画のエモーションがある。“ウェス・アンダーソンならどうするか?”。本作においてもポール・キングは、ウェス・アンダーソンの映画のスピリットを正しく継承している。それどころか本作はジャック・ドゥミ監督による永遠の名作ミュージカル『ロシュフォールの恋人たち』(1967)の多幸感すら纏っている。ウォンカ=ティモシー・シャラメのかける魔法によって、人々が踊りだす。町が踊りだす。21世紀のチョコレート革命!