Dec 08, 2023 column

『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』 新たなチョコレート革命は、ティモシー・シャラメのまなざしからはじまる

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『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』は魔法のように幸せを運んでくれるパーフェクトな映画だ。ロアルド・ダール原作「チョコレート工場の秘密」の主人公ウィリー・ウォンカの前日譚を描いたオリジナル・ストーリー。最善を尽くすということが、どれほど感動的なことなのかをこの映画は教えてくれる。そしてどこをどう切り取ってもティモシー・シャラメの映画になっている。間違いなく過去最高の密度で。どこまでも軽快で茶目っ気たっぷりなウィリー・ウォンカ=ティモシー・シャラメ。そして大傑作『パディントン』シリーズを手掛けたポール・キング監督。これ以上ない2人の組み合わせは、まさに“ピュア・イマジネーション”、魔法そのもののような傑作を誕生させることに成功している。

ピュア・イマジネーション

「ピュアなイマジネーションとは、ピュアな魔法のことだ」

(『夢のチョコレート工場』の監督メル・スチュアート著「Pure Imagination」)

ウィリー・ウォンカは、七つの海を航海する冒険家のように町に降り立つ。エレガントな身振りで、いとも簡単に重力に逆らっていくウォンカ。空から舞い降りた天使。子供たちに魔法をかけにきたメリー・ポピンズのようなウォンカ=ティモシー・シャラメ。若き日のウォンカを描いたオリジナル・ストーリー『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』は、喜びに溢れた傑作だ。この映画にはモノ作りへの情熱がある。ロマンがある。魔法がある。見る人の瞳を輝かせるようなイマジネーションがある。そしてなによりこの作品は、映画を見た喜びを皆で分かち合いたくなるような気持ちにさせてくれる。どんな人にも分けへだてなく魔法のチョコレートを差し出すウォンカのように、この映画は見る人を選ばないだろう。いまを生きる子供たちや、かつて子供だった大人に純粋な魔法をかけてくれる。ウォンカ=ティモシー・シャラメによるチョコレート革命。ウォンカのステッキは魔法の杖だ。ウォンカがステッキを振るそのとき、何もない宙に次々と魔法がかけられていく。ウォンカはステッキで映画という魔法を描いているのだ。大傑作シリーズ『パディントン』を手掛けたポール・キング監督は、ロアルド・ダール原作の偉大な『夢のチョコレート工場』(1971)、そしてティム・バートン監督とジョニー・デップによるリメイク版『チャーリーとチョコレート工場』(2005)という2つの先行する傑作に惜しみない敬意を払いつつ、若きウォンカの新たな物語を紡ぐことに成功している。そして圧倒的に素晴らしきティモシー・シャラメ!この映画はティモシー・シャラメの優美なカリスマ性がなければ成立しない。

思えば本作のウォンカは、ティモシー・シャラメ自身とよく似ている。初来日時の丁寧なファンサービスが話題になったティモシー・シャラメ。本作のウォンカは、まさにあのとき子供の目線に合わせてかがんでいたティモシー・シャラメ自身の姿そのものではないか。ポール・キングはティモシー・シャラメのカリスマ性、スター性、演技力を絶賛すると共に、「得体のしれない躁病的な奇妙さを併せ持っている」と評している。躁病的なのは現在のティモシー・シャラメを取り巻く環境の方ともいえるが、レッドカーペットにおける振る舞い等、彼にはいつもどこか道化的な華やかさがある。それはジーン・ワイルダーやジョニー・デップが演じたウォンカのイメージに通じるものでもある。そして本作のウォンカ像が興味深いのは、まったくシニカルさがないところだ。これまでのウォンカの登場シーンと比べたとき、それはより一層際立っている。

『夢のチョコレート工場』のジーン・ワイルダーはステッキを突きながなら、ヨタヨタと登場する。そして唐突な前転を披露することで子供たちから親しみの感情を一気に獲得する。しかしチョコレート工場で子供たちを“テスト”するウォンカの振る舞いは、皮肉屋と狂人の間を行き来するカリスマ魔術師のようでもあった。ジーン・ワイルダーはウォンカの狂人ぶりと親しみやすさの両面を見事に演じていたといえる。またジョニー・デップの演じたウォンカは、最初からあからさまな皮肉屋だった。溶ける蝋人形というグロテスクな光景に拍手を送るウォンカ。ティム・バートンはウォンカの持つ近寄りがたいカリスマ性を通して、彼の道化師としての側面、孤独にスポットライトを当てていた。『チャーリーとチョコレート工場』のウォンカは、「両親」という言葉がいつも言えずにいた。ウォンカの孤独なカリスマ性を徹底的に抽出することで、父親との和解の物語へと結びつけたティム・バートンとジョニー・デップのプランもまた傑出している。

先行する両作品における引退間近のウォンカには、それぞれにシニカルな傾向があったが、ティモシー・シャラメの演じる若きウォンカにその傾向はない。若きウォンカは既にミステリアスなカリスマではあるが、むしろ終始茶目っ気たっぷりの親しみやすいキャラクターとして描かれている。ポール・キングはキャラクターの整合性という点において、『夢のチョコレート工場』のラストで、ウォンカがチャーリー少年に与えた無償の夢に焦点を当てているのだろう。ウォンカは少年に言った。「突然夢がかなった人はどうなると思う?」。「一生幸せに暮らしたとさ」。チャーリー少年に無償で与えられた夢のチョコレート工場。青い空をキャンパスとして描かれた“ピュア・イマジネーション”。ティモシー・シャラメのウォンカが空から舞い降りるように軽やかに登場するのは、このラストとつながっているように思える。空から地上へ。地上から地下へ。魔法使いのようなウォンカは空から舞い降り、自慢のチョコレートで地上の人々に幸せを運び、そして一人ぼっちの少女ヌードル(ケイラ・レーン)と出会う。