映画『ヴォイス・オブ・ラブ』は、セリーヌ・ディオンをモデルにした主人公のアリーヌ・デューが真っ白なベッドで二人の子どもと横たわりながら、ヘッドフォンで音楽を聴くシーンから始まる。ここで流れるのは、ロベール・シャルルボワが歌う「Ordinaire」という楽曲。彼はセリーヌ・ディオンと同郷のケベック州で活動するシンガー・ソングライターだ。この曲は1970年に発表してヒットしており、スターの憂鬱な心情を歌っている。セリーヌ・ディオンの楽曲ではないが、本作においてはドラマの主題ともいえる重要な一曲である。この楽曲に乗って、両親の出会いと結婚、そしてアリーヌが生まれ育つまでが丹念に描かれていく演出には一気に引き込まれるだろう。
前半の見どころとなるのが、やはりアリーヌの歌手としての成長ぶりだ。最初は家族と一緒に演奏し、徐々にその天性の歌声が形になっていく。幼いアリーヌが結婚式で歌う楽曲は、日本でも有名な「マミー・ブルー」だ。この曲は日本ではスペインのグループ、ロス・ポップ・トップスのヴァージョンが1971年にヒットし、日本人の歌手がこぞってカヴァーしたが、原曲はフランスの歌手ユベール・ジローによるもの。セリーヌ・ディオン自身も1983年のアルバム『Les chemins de ma maison』でカヴァーしており、選曲された理由も納得がいく。
アリーヌが歌手を夢見るシーンもとても印象的だ。授業中に居眠りするアリーヌが先生に起こされた後、机の中からこっそりと出すのはバーブラ・ストライサンドのポートレート。そこに写っている白いマニキュアを真似して、爪にシールを貼るアリーヌがとてもいじらしい。このときに流れる楽曲は、バーブラ・ストライサンドが1981年にヒットさせた「メモリー」。有名なミュージカル『キャッツ』の主題歌として知られる名曲だ。また、バーブラ・ストライサンドだけでなく、映画『フラッシュダンス』の主題歌を大ヒットさせていたアイリーン・キャラの写真も、アリーヌの部屋に飾られている。こういったアーティストをうまく使うことで、80年代初頭の雰囲気をきっちりと演出しているのも見事。そして、アリーヌは母親に「偉大な歌手になることが夢」と語るのだ。なお、バーブラ・ストライサンドは、1997年のアルバム『ハイヤー・グラウンド』でセリーヌ・ディオンをゲストに招き、「テル・ヒム」という楽曲でデュエットを披露している。最も影響を受けたというアーティストだけに、セリーヌ・ディオンにとっては喜びもひとしおだったことだろう。
映画の前半で絶対に欠かせないのが、音楽プロデューサーであるギィ=クロードとの出会いだ。ギィ=クロードは、言うまでもなくセリーヌ・ディオンの夫ルネ・アンジェリルがモデルになっている。ギィ=クロードとアリーヌが最初に出会ったのが、彼女がまだ12歳のとき。アリーヌがダイヤモンドの原石だと信じたギィ=クロード。初対面のときに、彼はアリーヌをセリーヌと名前を間違えるシーンがある。こういった小技が効いているのも本作の魅力だ。他にも演出上の小技として、父親から託されたお守り代わりのコイン、アリーヌがかばんに忍び込ませる砂糖、バチカンで盛り上がる家族の会話など、ちょっとしたフックが非常に面白い。このあたりにもぜひ注目してもらいたい。
それはさておき、アリーヌとギィ=クロードの恋路は、ストーリーの根幹に関わるところだ。実際に、セリーヌ・ディオンとルネ・アンジェリルのラブ・ストーリーはまるでシンデレラ・ストーリーであると同時に、ゴシップの格好のネタにもなった。それと同じことが映画の中でも綴られていく。二人の純愛は微笑ましくて切なく、本作を単なる音楽映画でなく、極上の恋愛映画に仕立てているのだ。とくにプロポーズのシーンは印象深い。これはぜひ劇場で確かめていただきたいと思う。