Oct 29, 2020 column

19:音楽業界のビジネス構造とその変化の選択

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ワーナー時代の私の担当事業は、バックオフィスとデジタルがメインでした。デジタルつながりで、ボカロP(ボーカロイド プロデューサー)関連の音楽をサポートしていましたが、メジャーレーベルのA&Rは、当時彼らを下に見る傾向がありました。ワーナーも同様だった為、少しでも自分に近い畑を理解してほしくて若手のA&Rを連れてニコニコ動画から出た“うたってみた”出身の人気者たちをあつめた武道館ライブに行きました。

半分素人のような若者が次から次に出てきてバンドの交代もない素人に近いパフォーマンスに、普段質の高いライブに接しているA&Rは少しあきれていた様なのですが、会場の異常な盛り上がりには興味を示していました。私もそのコンサート会場にいて、普段のライブと様相が違っていたこともありA&Rのメンバーに悪いことをしたかなと思っていたのですが、家に帰ってその日のセットリストを中学生と高校生の子供達に見せたところ、なんと大半のアーティストと曲名を知っており、自分たちもライブに行きたかったと言い出します。一番音楽の文化に敏感なワーナーのA&Rの面々がこのような文化の動きをとらえきれていなかったのかと痛切に感じたのでした。

そんな中、今までの経験を活かし新しいビジネスとして何かできるところはないかと考え、ゲーム会社とのコラボレーションに取り組み始めました。当時は、すでにアニメと音楽のコラボは常識でしたが、音楽サイドからゲームサイドに営業するマインドはあまりなかった為、ゲーム会社に主題歌やライブの相談を持ちかけてみ他ところ、これが面白いように話が進んだのです。

一例では、バンダイのRPGのテールズシリーズのクラシックコンサートをワーナー主催で開催しました。コンサートは大盛況、国際フォーラムAで約5000人のユーザーが来場してくださり、物販でも一人当たりの購入額は通常のアーチストライブの3倍から4倍にもなりました。ただ、これはビジネス的には非常に良い結果を残したものの、正当な音楽ビジネスではないとの見方を社内の一部でする人もいます。

企業にはビジネスとして、また製品やサービスとして何を掲げるかというかによってアイデンディが固まると思います。儲かれば何を売ってもいいというのも違うでしょう。しかし、エンタテインメント業界は世の中の変化に対し、敏感かつ柔軟的であるべきと感じます。それが私の価値観なのですが、企業を経営をする上では、変化と伝統のバランスをコントロールしていかなければいけません。ワーナー在職中はそのバランスを取りつつ変化するべきだと思い活動していましたが、一部のマネジメントとは意見が食い違いがありました。

思い返せばビデオゲームの開発者にソーシャルゲームを見せたときの最初の反応も、拒否やネガティブなものでした。当然の事ながら変化を推し進めて成功した会社もあれば、変化せず現場に留まりつつ強みを磨いて成功した会社もあるので絶対的な正解はありません。企業がどの程度のスピードで進化、変化していくべきなのか、どうしたら社員が腑に落ちて変化していけるのか、現在にも通じる私の大きな課題です。

Entertainment Business Strategist
エンタメ・ストラテジスト
内海州史

内海州史

1986年ソニー㈱入社、本社の総合企画室に配属。その後、社内留学制度でWhartonでMBA取得。ソニー・コンピューエンタテインメントの設立、プレイステーションのアメリカビジネスの立上げに深く携わる。その後、セガ取締役シニア・バイス・プレジデントに就任し、ドリームキャストの立上げを経験。ディズニーのゲーム部門のアジア・日本代表時に日本発のディズニーゲーム作品『キングダムハーツ』の大ヒットに深くかかわる。2003年にクリエイターの水口哲也氏と共にキューエンタテインメントを設立し、CEO就任。ビデオゲーム、PCやモバイルゲームにて多くのヒットを輩出。2013年ワーナーミュージックジャパンの代表取締役社長に就任し、デジタル化と音楽事務所設立を推進。2016年にサイバード社の代表取締役社長に就任。現在株式会社セガの取締役CSO、ジャパンアジアスタジオ統括本部本部長。