アイガーが社長になり、まず最初に手に付けたのが、みなさん良くご存じのアップル社CEOのスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)との和解とピクサー社の完全買収です。アイガーの強いエゴは敵を作ることも多く、ピクサー社のオーナーでもあったジョブズとも大きな軋轢がありました。アイガーはジョブズを大切な友人のように扱い、敬意をもって接し、ピクサー社の買収を進めていきました。
またピクサー社のチーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)であり、ヒット作を連発する監督であったジョン・アラン・ラセター(John Alan Lasseter)をディズニー映画のアニメーションスタジオ部門であるウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオのCCOに、そしてピクサー社の社長だったエドウィン・キャットマル(Edwin Catmull)を、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの社長として迎え入れます。この結果、ピクサー社のオーナーであったジョブズは個人投資家としてディズニー社の筆頭株主となりました。
さらに、お姫様ものの話が多く、男子ターゲットのIPが少なかったディズニーの作品群を強化すべくアイガーは『スター・ウォーズ』のルーカスフィルム社や『アベンジャーズ』などのIPを保有するマーベル社の買収を進め、ディズニー社の傘下に収めていきます。アイガーの敵を作らない性格が、個性の強い各企業との交渉にとても役に立ったのだと想像します。これらの新規IPはディズニー社のさらに強化された”映画“ ”テレビ” ”パーク“ ”ライセンス“のエンジンの中で価値がより増幅されていったのです。
他のエンターテインメント会社がコンテンツビジネスをするにあたり、一つ一つ個別の勝負をしているのに対して、ディズニー社は自社に対するファン作りを推進しています。代表的なものはディズニーランドですが、ユーザーにディズニーとの接触ポイントを多く持たせることによって、ファンビジネスのエンジンを作り上げています。ここが他社と比べて大きく戦略上の差別化を行うことができているポイントなのです。
ただ、この差別化の源は創業者のウォルト・ディズニー(Walt Disney)から始まっていることは見逃せません。彼こそ、当時は誰も考えつかなかった、作品だけでなくディズニーという会社及び世界観をファンに楽しんでもらうべく、ディズニーランドを発想し実現したのですから。
ただ、そんなディズニー社でも最近まで、うまく出来ていなかったビジネスがあります。それは新しい技術やユーザー行動に対する取り組みであるネットビジネスです。特に動画配信ビジネスでは他社に大きく差をつけられていました。ディズニー社はテレビの領域では、ディズニーチャネル、ESPN、ABC等を傘下に持っておりリーダー的な存在感です。
しかし、消費者とダイレクトに直接取引をしている動画配信サービスではコンテンツ業界外からの新規参入組であるネットフリックスやアマゾンに大きく後塵を拝しています。しかも、放送ビジネスでは各国ごとのきびしい規制がありますが、ネットの動画配信サービスでは国の規制はあまり存在しません。何より、新興国の回線環境の急速な改善もあり、動画配信サービスの成長が非常に高い成長を達成しているのに、この領域に対してディズニー社は鈍感であったと非難されても仕方ない状況でした。
パークに代表されるファンベースの獲得を目指してきたディズニー社にとっては、ネット上でのファンビジネス機能が抜け落ちていることが大きな傷となっていたのです。2020年7月現在、ディズニー社の企業価値は新興企業であるネットフリックス社とほぼ変わらないレベルにまで追いつかれています。そこでディズニー社は多くのディズニーファンが待ち望んでいた動画配信サービスを2019年の年末から今年にかけてディズニープラス(Disney+)としてスタートしました。
このディズニープラスをスタートさせたことが、今年ディズニー社にとって節目の年となっていると感じる理由です。現在確立しているIPの価値向上を効果的に達成するビジネスモデルとリアルのファンベースビジネスの機能に加え、現在のビジネスで欠かせないネットベースでのサービス機能の強化、そして文化の強化が今後10年のおおきな課題のひとつになると思います。
アイガーに続く新たなマネジメントが今後どのような施策を打ち出していくのか、まだその方向性は見えていませんが、今後ともエンターテインメントの王者でもあり、私の古巣でもあるディズニー社の動きを追い続けて行きたいと思います。
Entertainment Business Strategist
エンタメ・ストラテジスト
内海州史