Nov 19, 2022 column

まるで騙し絵のような構造、極上の「物語体験」へいざなう『ザ・メニュー』

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美しい構造、美しい風景、美しい料理

監督のマーク・マイロッドは、このミステリアスかつスリリングな物語を優雅に、格調高く演出した。映画のほとんどがレストランの中で展開するため、監督はロバート・アルトマンの『ゴスフォード・パーク』(01)などを参考に、出番のない俳優を含む出演者全員をセットに待機させ、俳優同士のディスカッションを促しながら、登場する全員がひとつの空間にきちんと存在できるよう、それぞれのシーンを作り上げていったという。。

レストランや孤島の風景を設計したのは、『フリー・ガイ』(21)『ルーム』(16)で知られる美術監督のイーサン・トーマンと、『マルホランド・ドライブ』(01)『キャビン』(12)の撮影監督ピーター・デミング。レストランのシーンでは、2台のカメラで常にセット全体をカバーし、テイクごとに役者全員を追いかけられる形で撮影がおこなわれた。優れた舞台劇を観ているような空間的・構図的な美しさは、チーム全員のこだわりによるものだ。

また、本作はレストランやコース料理、シェフを描く“グルメ映画”である以上、料理も登場人物の一員である。レシピの開発に協力したのは、自身もミシュランガイドの三つ星に輝くシェフのドミニク・クレン。物語に忠実かつ、どれも実際に食べてみたくなる料理の数々は、ストーリーや演技とは異なる部分で観客の心をつかむ。調理シーンのサウンドも耳に快く、ほとんどコース料理を目と耳で味わっているような気分になるはずだ。

シンプルかつ緻密な脚本と、堅実で格調高い演出。スリルとユーモア、視覚・聴覚的快楽。これらが見事に融合した本作は、きわめて流麗な語り口によって、観客を最初[アミューズブーシュ]から最後[デザート]まで丁寧にいざなっていく。アニャ・テイラー=ジョイとレイフ・ファインズに代表される俳優陣の演技対決、コリン・ステットソンの劇伴音楽も、この物語を駆動する大切な動力源だ。

それでは、マイロッド監督と脚本家のリース&トレイシーは、この“いささか巧みすぎるほどの”ストーリーテリングの向こう側でいったい何を語ろうとしていたのか? デザートがサーブされ、マーゴ対スローヴィクの物語が結実する時、この映画の真の姿が明らかになる。