美しい日本のかたちを絆ぐ
時代の転換期と言われればそれまでだが、いま少し”日本のかたち”が、分からなくなっている気がする。死を公表しないことは、よくないことなのか? 測量隊は、ただ日本地図の制作を引き継いだだけではない。その志を継ぎ、愛すべき人に忠義を尽くして、敬意をはらったのだ。大事なのはここだ。橋爪功演じる脚本家が言う「名もなき人々を残さないと、俺が書かないとこの世から消えてしまう」
映画や時代劇のように、それぞれ人には役割がある。何かを後世に残すために、やるべきことを一歩ずつやる。そんなことを考えさせられる。『大河への道』の”大河”をドラマではなく、”人生”や”未来”と置き換えると見えてくるものがある。
当初、伊能忠敬は地球の大きさを知りたかっただけだった。しかし蝦夷地測量の際、ロシアからの侵略で身近な人間が死んでしまうことを伝え聞き、異国から守るために沿岸地図が必要になると考えたのだ。
実際、伊能図が、本格的に使用されたのは、完成から30年後の明治期になってからのこと。正本は焼失してしまうが、後世の人々が写したものが多く残され、あらゆる地図の基となり、現存している。鎖国時代に内なる日本を見て歩き、未来への道をつなげたのだ。本作は自分の周り、近くにあるものを見つめ直すきっかけになる。身動きが取りづらい今だからこそだ。
日本の文化、伝統をつなげたいという想いが込められた本作に、教科書に載っている偉人は登場しない。これは普通の人々の意志が未来をつなぐ物語。名を残す偉人の偉業のそばには、名もない人々のたゆまぬ努力、ぶれない志、他者を気遣う思いやりがある。この映画が、なにかに挑戦する人たちの道標になるといい。そして、ちょっとでも「日本って悪くないよな」と思ってくれる若い世代が増えることを願うばかりだ。
文 / 小倉靖史
千葉県香取市役所では、観光促進として地元を盛り上げるために、“大河ドラマ”の開発プロジェクトが立ち上がる。主人公は伊能忠敬。そう、あの初めて日本地図を作ったことで有名な、郷土の偉人である。しかし、その脚本作りの最中に、ある驚くべき事実を発見してしまう。なんと伊能忠敬は、地図完成の3年前に亡くなっていたのだ。「伊能忠敬はドラマにならない。地図を完成させてないんだ!」「え、じゃあ、誰が?」舞台は江戸の下町へ。弟子たちに見守られ、伊能忠敬は日本地図の完成を見ることなく亡くなった。動かぬ師を囲んですすり泣く声が響く中、ある人物が意を決し発言する。「では、今しばらく先生には、生きていていただきましょうか‥‥」忠敬の志を継いで地図を完成させるために、弟子たちによる一世一代の隠密作戦が動き出す。そこには、歴史に埋もれた、涙なしには語れない感動のドラマがあった。
監督:中西健二
原作:立川志の輔「大河への道-伊能忠敬物語-」(2022年1月5日よりPARCO劇場にて再演/漫画版:柴崎侑弘『大河への道』(小学館ビッグコミックス刊))
出演:中井貴一、松山ケンイチ、北川景子、岸井ゆきの、和田正人、田中美央、溝口琢矢、立川志の輔、西村まさ彦、平田満、草刈正雄、橋爪功
配給:松竹
©2022「大河への道」フィルムパートナーズ
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