May 20, 2022 column

『大河への道』は教科書では教えてくれない日本人の歩き方を教えてくれる

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「落語を超えた究極の話芸」と評される立川志の輔の新作落語「大河への道―伊能忠敬物語―」の圧倒的な面白さにひかれた中井貴一。
この落語を映画にしたいと自ら企画したのが、映画『大河への道』だ。
前途多難な大河ドラマ実現を描く現代の喜劇と、200年前の日本地図完成に隠された感動秘話を描く時代ミステリーという2つのドラマを、出演者全員が一人二役で演じる。「このままでは時代劇にまつわる文化が日本から消えていくかもしれない」
と、危惧していた中井。そんな想いから生まれた、新しいかたちの時代劇で伝えたかったことは何なのか?
本作は落語や時代劇というキーワードから、年齢層高めの映画と思われるだろう。でも、これからの若い世代にこそ最後の最後まで観てもらいたい。これは我々、日本に住む人間にとって大事な話だ。

思いやりを欠かしてはいけない

映画『大河への道』は、どの世代が見てもいいよう丁寧に描かれている。ドラマ制作、測量調査の過程、時代劇の構造が素人でも分かりやすいから、自然に物語に引き込まれていく。

知識がない人間を排除するのではなく、知ってもらおうとする努力。そして時代劇だけでなく取り扱う分野へのリスペクトがうかがい知れる。例えば、測量シーン。専用に開発されたロングセラー商品、コクヨの測量野帳が登場し、文房具好きは、分かってるねとニヤリとさせられたりする。

本作冒頭にもあるように、地方自治体は、地域の特色を知ってもらおうと、観光振興に力を割いている。
そのなかで、中井貴一演じる香取市総務課主任・池本保治が、郷里の偉人・伊能忠敬ことチューケイさんの大河ドラマ化を思い立つ。

ご存知のとおり、大河ドラマの舞台となった街には多くの観光客が見込まれる。その経済効果は200億円を超えるといわれている。現在放映中の大河ドラマの世界観が楽しめる「鎌倉殿の13人 大河ドラマ館」では、開館64日目にして、来館者5万人を達成。その効果が絶大であることが分かる。

劇中でも、千葉県知事の鶴の一声で、チューケイさんの大河ドラマ化プロジェクトが発足。しかし、知事が指名した人気脚本家によるシナリオが必須条件だとされ、池本が実現に向けて動き出す。

この原稿を書くにあたって、伊能忠敬について調べたが、彼の生涯をドラマ脚本にするのは、すごく難しい。生い立ちや婚姻関係、ロケ地、登場人物の多さなどなど、素人目にもゴチャゴチャしていて、整理するのが大変だと思われる。どこにスポットを当てるかで見え方が違ってくる。

井上ひさしによる長編歴史小説『四千万歩の男・伊能忠敬』(講談社刊)は、本作とは違い”セカンドライフをどう生きるか?”ということにテーマに置かれていたように思う。

これは本作同様、大河ドラマ化を目指して書かれたものだが、実現には至らなかった。が、この小説をもとにNHK総合の正月時代劇『四千万歩の男・伊能忠敬』として、2001年1月1日に放送された。このドラマで主人公・伊能忠敬を演じたのが橋爪功だ。本作『大河への道』で、彼は、大河ドラマ・伊能忠敬のシナリオ作成を頼まれる脚本家・加藤幸造を演じている。

NHKに企画書を提出するためには、ドラマのあらすじが必須。それを書いてもらわなければ始まらない。しかし加藤は20年筆をとってない。その上「脚本家は死んだ」とうそぶく。これは、ある意味、嘘ではない。担当したドラマで、加藤は登場人物が自殺してしまう最終回を書いたが、それをプロデューサーが変更した。だから、脚本家として死んだのだ。

「”思いやりの欠如”が取り返しのつかないことになる、という話にしたかった」「ただの人情噺にしたくなかった」と加藤は言う。これは、製作者の気持ちを吐露すると同時に、本作全体のテーマにふれるセリフだと思う。配慮や尊敬の念がないと、誰かの心を殺してしまうかもしれないのだ。